AARP全国イベント参加記

(2004年10月14日〜16日ラスベガス)


岡安喜三郎

[写 真]

はじめに

  日本高齢者生活協同組合連合会(高齢協連)は、全国自立生活センター協議会(JIL)と共同して、日本財団助成事業「高齢者エンパワメントシステムの調 査・研究事業」を進めています。今年度はアメリカのAARP(旧称:全米退職者協会)やAAPD(全米障碍者協会)、自立生活プロジェクトの合同調査をワ シントンDC、バッファロー(ニューヨーク州)にて行いました。

 合同調査団は、JIL側から、中西正司さん、榎本洋顕さん、西尾直子さん、降旗博亮さん、山下順子さんの5人、高齢協側から藤田由紀雄さん、松本憲一さん、玄幡真美さんと私の4人、計9人で構成されました。

 筆者はこの調査に先立ち、AARPが毎年開催しているAARP全国イベントに参加し、AARPの活動の実際を視察してきました。この報告は、その全国イベントに限っての報告です。ワシントンDC、バッファローの調査の成果は追って合同調査団により報告される予定です。

AARPの概要

 AARP という組織は、全米50歳以上の約3,600万人の会員を有する全米一の会員制NPOと言われています。以前は正式名称を"American Association of Retired Persons"(全米退職者協会)と言い、略称がAARPでしたが、1999年にこの「AARP」を正式名称に変え、今に至っています。なぜ略称を正式 名称にしたのかの質問にはコンピュータ会社のIBMを例に出して説明しています。今は十分にAARPで通用すると。

 もちろん、名称変更にはそれなりの要因があったようです。その主要な要因は会員構成にあって、50歳以上なら誰でも加入できるしくみのため、退職者ではない人たち、いわゆる現役が4割台を占めるようになって、とても「退職者の団体」とは言えなくなったからのようです。

  ちなみに、AARPの会員数(3,600万人)は実は会員名簿から数え上げたのではないという説明を、この全国イベント参加後にワシントンのAARP本部 を訪問した際に受けました。実際に名簿として掴んでいるのはAARPから会員向け無償雑誌「ザ・マガジン」の送付先で、その数約2,200万世帯 (AARPの会費は一世帯毎)であって、この数と50歳以上の結婚同居率統計(約60%)から推計して「総会員数」としているとのことでした。

  これだけの規模の会員組織ですと、会費収入も大きなものになります。2003年度決算(2003年12月31日〆)の会費収入2億1,100ドルは、全収 入7億7千万ドルの27%を占めています。それに保険等を斡旋する収入(ロイヤリティやサービス提供者管理の収入)は3億ドルもあります。この会員組織を 運営するために、2,000人弱の有償スタッフ(中央、地方含めて。給与は同じ体系)が働き、十万人のボランティア(無償。議員退職者や社長、メディア退 職者等々の専門家、そして専門家でない人たち)が関わっています。

【収入の円換算(1ドル=110円として)】
AARP全収入:847億円
  内会費収入:232億円
  内斡旋収入:330億円(ロイヤリティやサービス提供者管理収入)

 AARP 自身のパンフレットに依れば、「AARPは、50歳以上の人たちのための、特定の政党支持をしない会員制NPO(非営利組織)です。私たちは、会員に情報 や資源の提供、立法および法的権利の擁護、地域社会に奉仕する会員の支援、独自の会員特典として特別の商品・サービスを幅広く提供しています。これらの特 典には、隔月に発行される「AARP The Magazine」や毎月発行の「AARP Bulletin」、季刊のスペイン語新聞「Segunda Juventud」、50歳以上の教育者を対象とする季刊新聞「NRTA Live and Learn」、」ウェブサイト(www.aarp.org)などがあります。AARPの事務所は全米50州、ワシントンDC、プエルトリコ、および米バー ジン諸島にあります。」

AARP全国イベント

 この巨大な組織が毎年全国規模の大企画(全国イベント)を開催しており、数万人の参加者でにぎわいます。今年は10月14日から16日まで、ラスベガスで開催されました。

  さすがにこの期間はアメリカ大統領選挙戦のまっただ中、初日の開会式典直後に、大統領候補ケリー氏のあいさつが予定されていました。AARPとしては一方 の候補者ブッシュ大統領も招待したのですが、前日にファーストレディー・ブッシュ夫人が来ただけのようです。ケリー氏のあいさつになろうとすると、会場か らさっさと出ていく人たちと、ケリーと書いた青いプラカードを持って入ってくる人たちとが入れ替わる感じです。全体としては前者の方が多く、結果、3分の 2位の人数になったでしょうか。私も折角でしたので生を拝顔しようとしたのですが、通路は一杯で舞台近くまではたどり着きませんでした。

 全国イベントは、高齢者の様々なニーズに応えながら、大きく三つの内容に分かれていました。

  第一は様々な実に多様なセミナーの開催です。有名人の講演、ライフスタイル・セッションとかAARP大学とかの名前で多彩に開かれており、例えば二日間に わたるAARP大学のセミナーに出席すると「卒業証書」がもらえます。私も「性と加齢:古い神話を暴き、未来の傾向を予測する」(76歳の女性が放談する この企画は大人気でした)、「健康と栄養:五十を過ぎても壮健・頑健でいるために」(太りすぎやガンの警告、要は油の摂りすぎ、野菜はOK、但し分量を減 らせ)等に出席し、卒業証書を受領しました。さらにライフスタイル・セッションの「ID盗難。身分情報保護」や「窃盗、詐欺、ぽん引き防止」に出席しまし た。

 他にも「処方箋の必要な薬の輸入問題」、「メディケア(連邦医療保険制度)、処方とAARP」、「バッチリ、孫との 親密な付き合い方」とか、「あなたの五十を過ぎた金銭面での生活」、「ガーデニング(庭いじり)の楽しみ」、「会員の声:あなたの話に傾聴するAARP」 等々、豊富なプログラムです。それぞれの会場には大きな画面で発言者が映し出され、発言や会場からの質問などが字幕で次々に出ますので、私にとっては大変 助かりました。

 第二の内容は見本市、エクスポです。三百数十の展示区画(ブース)にAARP本体や取引・協賛会社がひし めき合っていました。保険、旅行・ホテル、レジャー、IT、家・家具、自動車、薬、健康などのテーマでブースがまとまっています。ブースに置かれた現物は 目で見てさわって体験できます。ユニバーサル・デザインや個人住宅用高齢者向けドア着き湯船(バスタブ)などを見て回りました。この見本市会場の中には小 さな2、30人向けの発表ステージが5カ所も設けられ、旺盛に発表会が開かれていました。

 ざっとプログラムから拾ってみ ますと、5カ所の発表ステージで計58回、別にあるAARP専用の発表ステージで21回、数百人が入る大きなパフォーマンス・ステージで17回という回数 です。全体としてなかなかの盛況でした。アメリカのエクスポとしてはそんなに大きな規模ではありませんし、「高齢者」がテーマでしたので、興味を持って ブース全部を見て回ることができました。

 第三の内容は、映画企画や旅行企画です。熟年夫婦連れ(でなくとも良いと思いま すが)のリクリエーション用に、朝からグランドキャニオン遊覧飛行、スモーキー・ロビンソンやジェイムズ・テイラーなどのコンサートが連日催されます。開 会日の前日(13日)夜、私が参加申し込みをした時点では14日、15日、16日のコンサートは既に「SOLD OUT」。一方、ラスベガスといえばカジノ。参加者に配布される緑色のつり下げバッグを持ってスロットルマシン(遠目にはパチンコ台に似ている)に熱中す る人を結構見受けました。私は今回視察ですので、もちろん素通りです。

 この中から上記第三を除いて、いくつか紹介したいと思います。

AARP大学から

 まずは「性と高齢化:神話を暴き、今後の傾向を予測する」(10月15日金曜日、11:30 amミ 12:30pm)に顔を出してみました。講師は「AARP The Magazine」編集長のスティーブン・スロンさん(男)と、性心理セラピストのルース・ウェストハイマー博士(76歳女性)です。参加者は約1000人で、結構女性が多く、おそらく半数以上と見受けました。

  実際ウェストハイマー博士は男女から人気者のようで、全国イベントのプロクラム冊子には、性や愛、家族について平易に話す先駆者として、彼女が「セクシュ アル・リテラシー(性的知識・教養)」と呼ぶものを促進してきたこと、そして、おそらく今では世界で最も知られ信頼されている性心理セラピストになったと 紹介されていました。後で知りましたが、確かに日本でも翻訳本が出版されています。

 進行はスロンさんが質問を整理し、 ウェストハイマーさんが答えるという方法でした。実際は彼女の独壇場です。ウェストハイマーさんは大変率直にユーモアをもって、中高年のデートの楽しみ、 離婚後のセックス、強精剤、そしてセックスは健康的かどうか、性教育における祖父母の役割等についての質問に答えていました。

  このセッションはどんなことを話題にするのか、何人くらい参加するのかに関心があって参加してみた訳です。ウェストハイマーさんの話に対しては、女性会員 の「きゃーははは」との集団反応が何度となく会場に響き渡っていたのが印象的でした。会場はほぼ満杯で、ちょっとした「トーク・ライブ」です。3日間に私 が覗いたり参加したりした諸セミナーの中では一番の人気でした。

 彼女は、1960年代の「自由恋愛」で育ってAARPに 加入してきた団塊の世代の新しい波に関する質問に関連して、「私は性についてオープンに話をすることは良いことだと信じます」と述べつつ、先の質問等に、 「バイアグラは正しい教育を受けて使う限り、女性にとってすばらしいものです」、「私の孫は私の子供ではありません、子供の子供です。孫の性教育は子供の 勤めです」、「たとえ配偶者がいなくても、性行為に対する態度はあなたを助けます。マスターベーションは健康的です。どんな年齢においても人々にとって性 的行動は必要なのです。リビドー(性本能のエネルギー)があるということを知らなければなりません」、「大切なのは態度です。研究は、タッチすることされ ることがいかに重要であるかを示しています」等々、滔々と話し続けました。

ライフスタイル・セッションから

 食事を摂る間もなく、別会場の「自分の身元情報と未来を保護するために」(10月15日金曜日、1:00pm ミ 2:00pm)に参加してみました。内容は身元情報の盗難(Identity Theft)の実態・実例とそれを防ぐ対策です。会場は受付の奥の場所にある小さな部屋で、参加者数は約150人程度、ほぼ満杯でした。このセッションは前の「性と加齢」に比べるとより高年齢の人たちです。

  この "Identity Theft" とは個々人の身分情報が盗まれることですが、その結果、クレジットカードを作られたり、既存の口座から金を引き出されたり、ローン借入に使われたり、さら にはアパートを借りられたり、犯罪人にされたりされることと説明していました。

 報告者によれば、問題は身分情報が盗まれ た時には発覚せず、大抵、銀行やクレジット・カードの明細書に知らない料金支払いが見つかるまで自分が標的にされたことに気付かないことにあること、ま た、対策をとらなければ回収業者から支払い請求され、払わなければ犠牲者側の与信がなくなってしまう、アメリカでは日常生活に関わる問題になってしまう。

 "Identity Theft" の犠牲者は1年で70万人 、500億ドルの被害額に至り、この数は増え続けているようです。実際に被害にあった人との質問には、5、6割の人が手を挙げていました。もっとも、だからこそここに出席しているわけだと思います。

 もし、Identity Theftの犠牲者になってしまった時には、なにをするべきか。ということで、9つの処方が紹介された後、自分の身分情報がなるべく盗まれないようにするために用心すべき項目として、以下の7点が紹介されました。

  1. クレジット利用報告書を定期的にチェックすること。
  2. 自分宛親展封書は寸断すること。
  3. 口座番号、個人IDナンバー(PINs)、クレジットや銀行カード、小切手は安全な場所に保管すること。
  4. PINに、誕生日や住所などは使わないこと。
  5. 自分のPINは暗記し、かつ、口座番号やPINを友人や家族と共有することはしないこと。
  6. ATM(自動現金引出機)やお店からのレシートは、いつでも受け取ること。
  7. 取引金融機関からの者だと主張する訪問者や見知らぬ人に、決して自分の機密情報を渡してはならない。

等 々ですが、参加者は真剣に聞き入っていました。これとは別にAARPの李さんという方がコンピュータ・セキュリティ(安全確保)について報告しました、内 容は私からすると当たり前なのですが、Eメールは葉書と同じであり、決してインターネット経由で金融機関とは交信するなと強調していたことが、アメリカに いて妙に新鮮に感じました。

来年はニューオリーンズ

 AARP 全国イベントは、実に50歳以上の人々の様々なニーズに対応する企画として行われていました。中高年以上に焦点を定めた各種セミナー(シンポジウム)、様 々な業者・会社・団体が展示物を出すエクスポ、様々な観光ツアー・コンサートのリクリエーション企画は、どんな切り口からでも参加して楽しめるものでし た。

 来年のAARP全国イベントはニューオリーンズにおいて(2005年9月29日から10月1日まで)開催しますと案内がされ、16日の最終日には「今日、参加登録しよう」との宣伝が各所に見られました。



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