1997年度新任専務理事研修会での報告 |
1997年9月
岡安 喜三郎
プレゼンテーションOHPは別記
まず、簡単に自己紹介します。大学生協の組合員になったのは1966年、入学の年です。学生時代、他はいろいろやりましたけれども、生協活動の経験だけは何故かありませんでした。卒業した学部は工学部です。卒業時には企業の研究所とかの話もあったんですけれど、留年を重ねていまして、同期生は大学院ですし、今更研究所もないだろうと思いました。そういうときに、当時の東大生協常務理事の人(現在日生協で常務理事をされています)から生協に来ないかと誘われて、面白そうでしたので生協に勤めることにしました。東大生協に入りましたのが1973年4月です。最初の職場は駒場(教養課程中心のキャンパス)の書籍部でして、直ちに教科書販売所に放り込まれました。
教科書販売所での最初の印象は、とにかく謝ることが多かったことを覚えています。当時の語学教科書版元や一部版元は残ると返品が大変ということで、3月の発注では「歩留まり」を想定した発注になっていました。ところが留年者がいたりして実際には足りなくなったりするわけです。教科書を担当した人は分かると思いますが、版元の人からは本当か?なんて言われながら追加注文します。その間、教科書が品切れになるわけですから学生からは怒られる。18歳の学生からなんでとは思いましたが、勉強したいから怒るんだろうと納得し、怒られることも仕事、私はもはや学生ではなく生協の職員なんだということをしっかり自覚しました。中には丸ごと教科書が授業に間に合わなくて、教室まで謝りに出かけたこともあります。そういうことが最初の印象です。挙げ句の果てに余った教科書の返品では、また版元に謝ることになる。そういう体験が今となっては良かったのかも知れません。
それで書籍を2〜3年、店長も経験しまして、その後東大生協の常務理事になりました。常務理事になってしばらく経って、駒場の購買部の店長が退職したいということになり、善後策を専務と講じました。当時私は人事担当でしたから、私が後任を提案していいかと聞いたら、いいだろうと言われまして、「じゃ私にやらせろ」と申し出まして、常務理事のまま駒場の店長を兼任しました。購買の経験ということで、これがまたよかったですね。
そんな形で仕事をして、専務との確認で東京事業連合に移籍するつもりでいました。ある年の年明けくらいだったと思いますが、専務が「おれは地域生協に行くから後はよろしく」と言ってきたのです。どうしようかと思いましたけれど、やるしかないなと覚悟しました。とにかく一番困ったのが、総代会で質問されても分からないことがあったらからどうしようかということです。素直に言って…。 専務理事になって1年後には総代会です。どきどきしたんですが、そのときひとつだけ思ったことがあります。分からないことは分からないと言おう、分からないのを分かったふりする方がおかしくなると。そんな気持ちで総代会に望んだのを覚えてます。結局そういう質問はなかったんですけれどね。
もうひとつ、秋の総代懇談会の話です。当時は秋に臨時総代会を開き、上半期決算を報告していましたが、無駄だし、手間だから上半期決算報告のための総代会はやめようと提案したわけです。ただし、4年生の卒業を見込んで、理事や監事の補充選挙は必要ということになりました。しかし本当に、補充選挙だけの総代会は成立するのだろうか。という論議を経て、補充選挙の臨時総代会が終わったあとに総代懇談会を食堂をテーマに開こうと話がすすみました。が、そのとき一番抵抗したのが大学職員の理事の人だったんです。全学の総代の会議ですから、理事からすれば責任があるわけですね。何に抵抗したかっていうと、「我々だってこれだけ食堂に不満があるのに、皆さん不満を出して下さいと言ったら収拾がつかないでしょう。責任を負えないよ」というわけです。
しかし、ともかく開くことにしました。懇談会を始めてみたら総代の人は食堂はまずいとかいうことはほとんど言いませんでした。まずいのは当たり前だから今さら言っても仕方ないと思っていたんですかね。逆に、こういう改善はできるんじゃないかという発言になっていたんです。
たとえば、そのころのトレーは、茶色とか黒のトレーでした。総代から、このトレーだけは白っぽくした方がいいよと。白い方が清潔感があるし、大体きちんと洗ってないから、洗剤が残って白くなってる。白っぽいトレーを使えばそれは目立たないからいいんじゃないかとか言われました。それでトレーを変えてみたりする生協も素直なもんです。
組合員はいろんな形で文句があるかもしれないけど、意見を聞かせてくれと言うと、いろんな発想を教えてくれるんだなと感じたところです。それに調子づいて店舗活動をテーマに毎年秋に総代懇談会を開くようにしました。
その頃は一方で一言カード活動が大きく拡がってきた時期です。でも、最初はおっかなびっくり、どんな意見が出てくるか。変な意見、全くかみ合わない意見が出てきたとき収拾をどうするか。こんな不安だけではなく、当時は地域生協の先輩からもいろんなことを言われました。一言カードに全て答えると言うことは生協の路線が揺らぐのではないかという心配から、4年でいなくなる学生の意見を聞くことはないという強硬意見までいろいろありました。ともかく、答え続けることが重要だと決意したものです。全て答えるくらいでは路線は揺るがない、なぜなら答えることこそ生協らしい路線なんだから。こんな決意です。
その際考えたことです。生協の活動を店長なら店長、担当者なら担当者がおかしいと思ってることがまず内部で改善できない限りは組合員からおかしいと言われても改善できっこない。理事会が一言を吸い上げて、組合員からこう言われてるから直そうと指示するというのは、ちょっと違うなという感じがしまして、組合員から意見を聞く、誰でも答えられるというのは、内部のマネジメントの充実が伴わなければならない。今の理事会の政策が内部に浸透するようにするしくみ、誰でも生協の方針が答えられる浸透がないと組合員の声は聞けないのじゃないかということで、一言カードをすすめてきた覚えがあります。
そんなかんなと専務理事をやっている中で印象に残った言葉とか、いろいろありますので紹介したいと思います。これはドラッカーだったと思いますが、「トップマネジメントとは権限ではない、トップマネジメントは一つの機能である」という言葉です。生協には店長や担当者、いろんな人がいる、その中でトップマネジメントというのは一つの機能であると。どういう機能があるかを考えるべきであるということが、一番印象に残っている言葉です。
また、これも私が専務理事になるかならないかの頃ですが、ある先輩とトップとは何かという話をしました。そこで印象の残ってるのは、トップとは、「トップとは何かを常に考えている人のこと」であるとその人が言ったんです。禅問答みたいですが、これは言いえて妙で、もしかするとそうかもしれない。
きっとこうなんだろうなと感じたのが、結局トップマネジメントというのは夢を持っていないとできないということです。こういう生協だったら面白い、こういう生協だったらいいねっていう気持ちをもっていないと何のためのトップマネジメントかが分からなくなってしまいます。目の前には経営の問題がありますし、失敗したら組合員に謝らなくちゃいけないとか、いろんな課題をかかえてるわけですから、その中でなんで専務理事をやってるんだろうか、それは基本的に生協としての夢、その実現なんだと思います。
夢は誰にでも必ずあるはずです。職員にもパートさんにも夢があるわけですから、専務理事が夢がないというのはおかしいわけです。そういう夢を大切にして、一番身近な人に示しながら、そういう夢を実現することに向かって、一歩でも近づいていくためにいろんなことをやる、専務理事の仕事の中にぜひ位置づけていてもらいたいと思います。実はそれが基礎にありませんと、次にすすまないということになるかと思います。
以上で自己紹介を終わりにして、次に入りたいと思います。
大学生協の専務理事といった場合、大きく2つの役割があると思っています。ひとつは経営執行責任者、すなわち経営の最高責任者です。もうひとつは、理事会の事務局長という役割です。月次の経営がどうなってるか、財産状態がどうなってるか、この報告は経営責任者である限りやらなきゃいけないことです。また、理事会の事務局長ですから、総代会議とか学生委員会の活動とかを集約する、理事会活動のいろんな資料の諸準備をするなど、このふたつが大学生協の専務理事ということになるわけです。
外国になりますと、少し変わります。外国ですと、経営責任者は役員ではないという場合がほとんどです。その場合は理事会の中にセクレタリーがおかれているんですね。日本の大学生協の場合両方兼ねている場合がほとんどです。この兼ねていることがいいことでもあり、一番の悩みでもあるというのが専務理事だろうと思います。
こういう基本的に2つの役割を持っている専務理事の、具体的な仕事はどうなるのか、これは全国の大学生協、どこの大学生協であったとしても、専務理事であればこの仕事が何らかの形で共通しています。ただ規模などによって、時間のかけ方が違ってきます。本部にスタッフが多くいる生協では比較的これら(白抜きの項目)に集中できますが、専務一人とかになればなるほど白ぬき以外の実務事項が増えるわけです。そういうことはありますが、大きくはこの三つの仕事が専務理事の仕事としてまず存在します。それに、プラス1です。
1番目は機関運営に関する事項。これは理事会の事務局長という役割からしてやらなければいけない。理事会や総会の招集は理事長名ですけれど、実務は専務理事です。提案内容を形にするのも専務理事が責任者です。それが実際には大きな仕事としてあるということです。2番目には、大学の中にある生協ですからおのずと大学との協力関係のいろんな事項がある。3番目にも、いわゆるトップマネジメントにおける事項があります。この3つは専務理事の仕事ですが、理事長が関連しています。
4番目は、実際の専務理事の仕事の中では結構な比重を占めるんですね。専務理事というより実務に携わる職員である限りやらざるをえない。行政とか大学の手続きとか庶務事項。そして現場とか総務の実作業の分担。総務の伝票ひとつとってもそれをどうするかという、現場だったら現場の分担です。この部分は先程の通り、規模の小さい生協ではかける時間が多いという関係ですが、実は規模に関わりなくこういう部分を専務理事がある程度やれるかやれないかが重要なんですね。まったくこれがやれなくて、今の大学生協の実際の運営ができるとは私は思いません。
以上の4つを具体的に説明していきます。
第1に、生協の機関運営です。生協を生協らしくする仕事です。生協らしさとか、さすが生協だという部分に対応する部分です。一般に機関といった場合は、生協の意思を決められる実体として、総代会と理事会、理事長、専務理事という部分を想定して下さい。なぜ理事長、専務理事が入ってくるかというと、理事長、専務理事には専決事項というのが理事会の規定の中にあり、理事会を召集する時間がなくとも理事会として処理をしなければならないことがあるからです。これを基本的な機関と見た上で、生協内運営、自治という実践的場面では総代会、理事会を想定して下さい。
その機関運営で大切なのは、なによりも生協の使命、ビジョンを理事会、総代会で決めることを第一義的に行わなくてはならないということです。私たちの生協は何のために、何の目的で存在しているのか。それと、とにかく情報を公開して民主的な運営をするという基礎的なところから始める。そういうものをきちんとやるということです。
もとより、生協法がありますし労働法もある。いくら使命を決めても労働基準法に違反したり、労働者に変なことをするのは法律的に認められてないわけです。経理も会計基準に沿ってなければいけない。こういうものは判断基準の明示として必要なものです。これは専務理事とかが身につけていなければいけないときがあると思います。方針の結論を提示するだけだはなくて、判断基準自体も提示する。
ビジョンを決める場合に重要なのは、決めた実感です。しかし、決めた実感を完璧に持つというのはなかなか難しい。決めた実感を一番もってる人は提案した人であることがほとんどですから、審議した人が決めた実感をもつというのは、提案者よりは薄まっています。ですから形式的に会議で実感がでるものではないと思います。それは組合員活動とか、それに基づく一人ひとりからの提案などを通じてしか生まれないと思います。手続きがどうのこうのではなくて、提案者と審議者とが一緒に活動する場面がなければ、自分たちで決めたという実感をもちません。
次、2番目、大学との協力関係です。誰でもが一番関心をもっている中身です。大学の事務局長とか幹部、学長と知り合いになる、話ができるようになる、願わくば仲良しになる、それは重要なポイントですが、もっと中身の問題として、大学との協力関係と言うときに、何を一番大切にするかというとおそらくこれだと思います。すなわち、大学構成員全体の組織の実態をつくることにあると思います。
大学生協自身が、大学構成員全体を組合員にし、それを基に生協らしい運営をすることに努力し続けることだと思うんです。ここでは特に職員の人の話題を出します。実は事務系の人たちが生協にどうかかわるかということが生協にとっては実態的に大切だと思います。この間、大学生協連の教職員委員会が、大学職員と大学生協という答申を出しております。その中で言われているのは、生協がいろんな事業をするときに教員と話をする場合は多いかもしれないけど、大学の職員と話をしてほしい、すべきだということが出てきます。職員の人はいろんな情報をもってるわけです。たとえば校費ひとつとってみても、だったらこうすればいいんじゃないかといろんな情報と解決策を持っている場合が多い。そういう人たちとの関係をきちんと、大学生協自身位置づけるべきだと。いずれにしろ、その上に事務局長とか学長とかの関係があるといいわけです。
専務としては、日常的に厚生課とか学務課とかいろんな部局に行って話ができるかどうかは重要だと思います。実際に仕事をしてくれてるのはその職員ですから、そこをお忘れなくということがあると思います。ま、生協内部のマネジメント感覚と同じですね。そういうことで大学との協力関係が整備されていくと思います。
3番目はトップマネジメントに関してですが、先程は禅問答みたいなことを言いましたが、今度はオーソドックスにいきたいと思います。生協のトップとはなにか。トップという機能は何か。どういう人たちのことを言うのか。専務理事だからトップの資格があるとはなりません。こういうことをしているからトップだというふうに見て下さい。でなくては生協の発展どころか存続さえありえません。4点ほどおさえたいと思います。
生協は事業体ではあるけれど非営利事業として、社会的に意味のある組織として組み立てるからこそ共感と信頼を得られるわけです。ですから、トップとは何よりも生協の社会的使命感をもって社会的責任を第一次的に負う人のことであると言えます。まずもって、社会との関係で、内部的に不祥事あったときも社会的に責任が負える人。地域生協のほうで今もめてるところもありますけどね。こういう使命感、特に非営利事業の場合使命感がしっかりしない限り存続基盤がないわけです。普通の企業と違うわけです。
次に当然のごとく事業経営の最高責任者であるということです。この点はあらためて云々言うことはありません。
そして、生協としての協同組合的確信とロマンをもつ人だと思います。特に今後を見た場合、生協というのは市民団体として、市民組織としての組み立てがなくてはいけないわけです。当然ながら組合員どうしでは当たり前のことですが、では生協の事業組織の中ではどうだろう。生協というのは人間関係を大切にする組織なわけですが、事業組織内ではどうなんでしょうか。
最後に、働いてよかったという組織にする人のことだと思います。ここに「21世紀委員会答申」というものがあります。答申では、大学生協の将来を考えるにあたって職員の位置づけという問題を考えるべきだと書かれています。この答申は1992年のものです。
さて、これらがトップマネジメントということになりますと、実際のところ、大学生協トップとは誰かということになります。事業経営というところから見れば当たり前のこととして、専務理事でなければ困るわけです。
一方で大学との関係からみますと、校費とかで不始末を起こした場合、明らかに生協の事業活動の中でおきたことですから、一般的には専務理事の責任となればいいのですが、それが大学の関係で起きていますと専務理事だけの責任では解決しない、やっぱり理事長が出なくてはならない場合があります。火事になった場合でも生協の事業内でおきたことだけど、理事長は私は知りませんということにはならないと思います。大学コミュニティの中で活動していますから、生協のトップとして社会的責任を第一義的に負うというところは必ず理事長になります、そういうものだと思います。理事長と専務理事とは内部的には役割分担がはっきりしたとしても、外には理事長と専務理事は一体のものとして動かなきゃいけない。ということは中でも一体で動いたほうがいいということになりますけれどね。
大きな4番目の実務作業に関してです。中身は皆さんが分かっていると思います。もし分からないことがあったときはどうしましょう。実務において、分からないところは職員から教わるというのが大切ではないかと私は率直に思いますね。いろんな仕事、実務作業について具体的には職員から教わる、しかし実務の位置づけは専務自らが語らなければいけない。なんのためにこの実務はあるのか、この実務の重要性はなにか、この位置づけは専務理事がしゃべるべきです。専務理事がしゃべれなければ組織は変えられない。組織が変えられないと経営改善できるわけがない。
実務の中での知識、法律とか会計の知識とかは、自己研鑽しかないと思います。外部に勉強しにいったり通信教育で勉強したりだと思います。基本的にこういうことについては致命的な事態にならないように知ってる必要があるということだと思います。
特に会計・経理では、管理会計と企業会計原則は身につけざるをえません。今の生協運営は店舗、総務、組織など組織図をつくり、そこで小さい決算単位を作りますよね。これを会計的に見たときに、管理会計という手法がある。会計原則では、利益表記区分の原則とか、安全性の原則など、聞いたことがあると思いますが、ぜひ身につけて下さい。
さて、今まで言ってきたのは具体的な生協の専務理事の仕事を区分けした中での議論でしたが、これを生協活動の出発点、経営の出発点という面から見ていきたいと思います。重要なのは、生協の理念・使命を問い続けること。なんのための生協かを問い続ける、生協の存在価値を高めながら活動するということが、実はすべての事業体にとって、先ずもって重要なことですね。
これが組合員や生協職員にとって強力な求心力にならなきゃいけない。そのために、ビジョンを設定し、明らかにする。それに多くの人が共鳴する。もちろん、裏表のないビジョンです。大学むけにはこのビジョン、業者にはこのビジョン、生協職員にはこれ。こういうはしないと思いますけれど、こういうのはビジョンというより操作主義になりますね。
ここに「21世紀ビジョンガイド要約版」、これはアメリカのものですけど、この9ページにオレゴン大学カレッジストアのビジョンが紹介されています。『私たちの使命は、地球という惑星をよりよい星にするお手伝いをすることです。この実現のために私たちはオレゴン大学に通う学生を教育することにおいて教員や大学のパートナーの役割をはたします。知識や知恵がはぐくまれ、今日の学生が明日のすぐれたリーダーになるのは教育を通じて実現できると私たちは信じています。』
また、コーネル大学ストアのビジョンも紹介されています。オレゴン大学のものは倫理的水準の話とか、情緒的に書いてあります。コーネルはもっと機能的です。『学内において情報のハブとしての方向、ビジネスのハブとして』と、機能に焦点を合わせて書いてあります。これはこの冊子にも書いてあるとおり、どういう課題を書くかというより、カレッジストアにかかわる人たちみんなが、そうだね、がんばろうねという状況ができることの方がが重要なんだと書いてあります。それはこれから皆さん自身で議論して検討してもらえればいいと思います。
ここで、経営観としてひとつ話をします。経営というのはヒト、モノ、カネ、すなわち経営資源をどう活用するかと言われてきましたが、すでに1980年代のなかごろから、マネジメント観、経営観、そして企業のあり方が大きく変わってきているということについて生協の中でも認識する必要があると思います。
大学生協においても経営観を変えてきていると言えます。たとえば大学生協の店舗の4つの場の定式化などです。店舗とは何か。組合員の要求を実現する場である。生協の政策について執行する場である。生協全体の経営をささえる場である。生協の職員が成長する場である。この4つの場というの、もはや15年前になりますが、大学生協連の総会(26回総会)で定式化したわけです。これは大学生協の店舗が他の私企業の店舗とは違うんだということを表明したと言えます。また「ひとことカード」も単なる苦情処理ではなかったわけです。
また、これは私の感覚なんですが、1980年前後から組合員の関心も生協の内部にも及ぶようになってきた。それまでは社会的な運動、平和運動とか有害食品追放とか外向きの運動をやってればある程度許されていた。すなわち社会的、政治的関心の方が大きかったんですが、生協のなかではどうなのということに関心をもちはじめる時期が1980年前後なんですね。コミュニケーション、生協事業と組合員の接点に関心をもつ組合員が多く見受けられるようになってきました。
古い経営観でいえば、それまでは「企業はクローズドシステム、閉じた組織である」ことを当たり前にしていました。たとえば、マネジメントの焦点、対象は企業内部ということです。企業内部の構造、行動を分析して合理化をはかる。管理の境界線ははっきりしており、それは経営幹部の権限の及ぶ範囲である。すなわち企業内部です。これが今までの企業の経営観です。まあ考えてみればそうだなというのがいっぱいありますね。生協の経営観も引きずられています。
実際のマネジメント、経営管理といった場合、企業内、事業組織内を対象にして動いてきたのが今までの方法です。誰がドッキングしていたかと言えば、それが経営者だということになります。社長とかそういう人たちが中心になって経営目的や経営戦略を決める、戦略的意思決定をする、決まったものを現場で執行する、というのが今までのやり方です。
ですが、本当にそれだけで企業は持つんですか。生協でいえば生の現実の変化を一番知ってるのは店舗、現場です。大局を知ってるのはトップかも知れないけれども、変化の現実を知ってるのは現場なんですね。提供していない範囲の生活情報だって掴むことができる。だったら現場のところがそういう変化に見合って事業を変えることのできるような中身、現場が外との関係の組み立てを立案できる方法が重要であるということになります。
今、企業は本来オープンシステムなんだという考え方が出てきました。現実を考えてみよう、事業は内外のさまざまな要因と相互に関係しあいながら、環境の影響を受けながら存続、成長を図るわけですから、環境適応というのもかなり重要な経営管理の課題なわけです。
別な言い方をすると、経営はクローズドシステムでやれているように思えても、そのは実はオープンシステムです。特に生協では当たり前かも知れませんが、こういうことを経営観とかマネジメント観の転換という形で意識的に行う必要があると思います。経営の方法で変わってきている点を鮮明にすること、すなわち外との関係の組み立てかたを経営の基本におこうとすすめてきたのが経営評価基準の検討であり、ステークホルダー論ということになります。ステークホルダーは利害関係人と訳されますが、組合員、大学関係者、取り引き先、また生協の職員、マネジメントという点、管理者からすれば生協職員もステークホルダーになります。一番重要なステークホルダーですね。ほかには事業連合、連合会とか、生協事業になんらかのかかわりをもつ人やグループをステークホルダーといっております。
大学生協のもっとも重要な組織ビジョンとして組み立てたいのがステークホルダー満足型の事業体にするということです。組合員の満足、これはずっと言ってきたことですね。組合員を大切にするのは当たり前ですし、その声を聞くのも当たり前のこととして定着しています。大学関係者との関係もきちんとやってきています。取引先の関係はまだ何とも言えませんけれども。
ここで注意してほしいのは、ステークホルダーとは決して生協との関係が良好な人達だけを言うのではないことです。ステークホルダーとは、生協と何らかの関係をもち、生協事業に何らかの影響を与える人たち、グループ、組織ですから、言葉はきついですが敵対的関係だってあります。ある組織との間に生じる対立の解消に時間が割かれる場合です。労使が乱れていけば、生協の職員との関係はこれになるわけです。大学との関係でも調整にばかり時間がかかる、対立の解消に時間が割かれる、こういう関係は改善しなきゃいけないということですね。さらに関係性を言えば、商売の関係、職員が言う「お仕事お仕事」という関係ですね。また専門家として信頼され効果的な仕事のできる関係というのもあります、いわゆるパートナーの関係です。最後にリーダーの関係。ステークホルダーと一緒になって新しいサービスを生みだしていく。これをめざすんですよね。
さてこういうことをきちんと推進しようとしたときに、あらためてビジョンの有用性、必要性を強調しておきたいと思います。生協は何をめざして活動しようとしているのか? これがビジョンということになると思いますが、このことを組合員のみならずすべてのステークホルダーに知らせる。ステークホルダーとは生協との利害関係を持っている人たち、組織のことですから、この人達が生協に積極的に関与してみようということになれば、生協は新しい力を得ることができるわけです。生協の新しい力は組合員の生活向上に資することになります。
いずれにしろ生協のような事業体は高いこころざしをもって活動することが重要です。たとえば生協は「文化と高等教育の充実を願う」、一見傲慢に見えますけれども、生協の組合員は大学人ですから当たり前といえば当たり前と言えます。同時に、高等教育の充実は、日本という国を存続、発展させるためにどうするかという問題ですから、国民であれば、誰が考えてもいいわけです。誰でも思うことをきちんとやりとげるということは、ひとつひとつが高いこころざしで組み立てられる必要があると感じています。そういうことですので、ぜひこころざしの高い専務理事としてがんばっていただきたいと思いますし、私もがんばりたいと思います。
この話の最後に、自己問答の言葉があります。
ひとつは「理事長と話しあってますか」、たとえば大学の改編、とても大きな問題について理事長と話し合ってますか。組合員の変化とかについて話し合ってますか。職員とかパートさんの待遇を認識してますか。自分のことを、どういう専務理事ですかとしゃべれますか。
もうひとつは「学生委員と話してますか」。学生委員にとっては勉強とか就職とか、ものすごく関心をもってるわけです。学生委員会の運営については学生委員長が悩んで、理事会なんておもしろくない、なんでこんなことやってるんだって言うかもしれません。改善さえすれば学生はいろんな話をしてくれるんだろうと思います。
最後は、「店長、担当者と話しあってますか」。大学がどう変わろうとしているのか。生協事業をどのようにしたいのか。言わなきゃいけないんですね、専務理事だから。逆に店長とか担当者がどういう生協にしたいのか、仕事がどうだったらいいのか、聞かなきゃいけないんですね、お互い。職員やパートさんはどう見てるのか。
ここまでのところが今日の話の骨格です。結局、専務理事は自ら夢をもつことが出発点です。他の人も夢を持っています。これらの夢が組織的に揉まれて生まれるのがビジョンですね。世の中がどうに変わってきているか、それをおさえながら、自らの生協の、自分がこれから経営していこうという組織の中で、その夢はどう生かされるのか。その中でもつビジョンの意味について話をしてきました。
同時に、ビジョンの文書だけで何かも変わるなんてことはありえません。変わる意思、変わった証が見えない限り変わらないわけです。例えば制度とかルール。新組織の像は制度とかルールの中にあてはめていかないと見えないわけです。考え方や方向性だけじゃ見えない、現実の制度になって見えるということです。たとえば個人ボランティアについて、援助しようという方針が理事会の文書に書いてあるならボランティア休暇についての規定があったほうがよっぽどはっきりするということです。
本当の最後は参考文献の紹介です。
「西暦2000年における協同組合」という本です。なかなか示唆に富む本ですが流通していますかね。「変化する世界における協同組合の価値」これはあります。「生協経営論」、「生協と監事」「監査の考え方と方法」、読んでおいてもらえればということです。
その次は、「続現代経営学ガイド」。続のほうで十分です。それと放送大学の「経営管理」1センチぐらいの厚さの本です。ちょっと力を入れて「日本の企業システム、企業とは何か」、ぜひこれも見てもらいたい。「知識の連鎖」という本は、事業連帯活動を考えるときにものすごく参考になる本です。事業連帯活動で必要なのは事業連合、連合会、そういうところに蓄積された経営資産を、自分の店舗や自分のところで活用することがポイントだと思います。そういうときものすごく参考になる本です。
あとは、事務所必携ということで、これは総務的な本です。こういうものも。基本的な生協法関係とか監査関係とか、毎年変わりますから置いておきましょう。
そういうことでいろんな形で、伝票も処理しなければいけないし、日常の経営数値の改善もあるかと思いますが、なにぶんにもほかの職員からすれば専務理事がどういう考え方とどういう方向性をもってるかによってその人たちの人生を変える場合もあるわけですから、その人たちの生協人生がよかったと思うようにするために、ものすごくプレッシャーかと思いますが、それはいいプレッシャーとして、日常の仕事をしてもらえればと思います。私のほうからは以上です。ありがとうございました。
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