なぜ今ILOが協同組合振興(勧告案)なのか
〜画期的な勧告案〜

2001.9.28 協同総研 岡安喜三郎

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はじめに

 「一般に認められた協同組合の原則によると、協同組合とは組合員が共通の経済的社会的目標を達成するための手段と認識されている。」(ILO89回総会開催要項より)

 今年6月、スイス・ジュネーブでILO(国際労働機関)の第89回総会が開催された。総会には第5議題として「協同組合の振興(第1次討議)」が提案され活発な論議が行われ、2002年6月の勧告採択に向けて、総会としての「ILO結論案(2001年総会)」を承認し、1年間の世界的論議に入った。

 実は協同組合振興に関するILO基準は1966年の「(開発途上国)協同組合の振興」(勧告127号)が存在するだけで、その名のとおり開発途上国の範囲に留まる。今回の討議は、その範囲と内容を見直すということなので、全加盟国が自らの問題として捕らえる点で実質的に最初の世界的論議となる画期的なものである。

 なぜ今ILOが協同組合振興なのか、何を焦点に、その意味は。本論ではこれを議論していきたい。

ILOの労働観、貧困と繁栄との関連認識

 周知のとおりILOは80年以上の歴史を持ち、その憲章は「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる」との信念から始まっている。現在も、人権と労働、雇用と収入、社会的保護、社会対話の4領域を戦略目標にしている国際機関である。ILOの性格は1944年のフィラデルフィア宣言にある以下ような諸原則に端的に示されている。

  1. 労働は商品ではない。
  2. 表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない。
  3. 一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。
  4. すべての人間は、人種、信条又は性別にかかわりなく、自由及び尊厳並びに経済的保障及び機会均等の条件において、物質的福祉及び精神的発展を追求する権利をもつ。

 内容が今でも色あせることなく輝いているのは驚きではあるが、いずれにしてもこのような原則を持つILOが自らの目的にも照らして「協同組合の振興」基準を論議することは大変意義深いことと言える。

 特に、上記の第3「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」との認識は、20世紀終盤からの「グローバル化」というアメリカ基準化が、日本において地域崩壊や社会的排除(リストラなど)をさらに促進し、国際的にも貧困を増大させていることを見れば、21世紀に入っていっそう留意されなければならないと思っている。

127号勧告の見直しの理由

 冒頭に紹介した第89回総会の開催要項は第5号議案の提案―127号勧告の見直し―理由について以下のように書いている。

 「127号勧告の採択以降、この勧告が認識した視野をはるかに超える政治的・経済的・社会的変化が起き、世界中の協同組合の状況にさまざまな影響を及ぼしている。

 先進工業国では、既存の協同組合事業の構造転換や協同組合の新しい形成のために、最新のマネジメント手法が必要とされてきている。そして、現在のグローバル化の中で協同組合は他の企業との競合に直面している。

 体制移行国(注:旧ソ連、東欧諸国など)では民営化によって、いくつかの政府後援の協同組合が清算される一方で、その他の協同組合は本物の協同組合へと転換がすすんだ。

 開発途上国では、協同組合は自己雇用の機会創出、そして数百万もの人々の労働条件と生活条件改善において重要な役割を果たしている。同時に、政府主導でも投資家主導でもない仕事おこしの分野において、本質的な基盤やサービスを利用できるようにする面でも重要な役割を果たしている。

 協同組合はまた、女性のみならず、貧しい人たちや先住民族の人たちを、まともな経済生活に合流させる大きな役割を果たしてきた。今日、協同組合は、若い人たち、弱者のグループ、障害をもつ人たちにとって、渡り歩き労働の減少、仕事の創造においてますます大きな役割を果たしている。

 このような動向に鑑み、1999年3月開催のILO理事会は、新しい普遍的で適切な基準とは、協同組合がその自助の潜在力をより完全に開発するものであること、また、失業や社会的排除など、当面する様々な社会経済的問題に本気で取り掛かり、グローバル市場経済の中での競争能力を高めるものであることを認識した。」

ILOの討議過程

 2000年初頭、ILO事務局は先の理事会の決定に基づき、「第89回ILO総会2001.レポートV(1)」なる報告書を各国政府、協同組合全国組織(ICA会員)に送付した。英文で135ページにわたるもので、ホワイトレポートと呼ばれている。

 ホワイトレポートは、協同組合をめぐる環境の変化、協同組合の潜在的可能性を述べた後、成功のための必要条件として、1)企業家精神とマネジメント技能、2)政府の政策、3)協同組合法、4)協同組合の支援サービス、5)社会的パートナーの役割、6)協同組合内の構造変化、7)国際協力の7点を掲げ、細かく記述している(全文邦訳は、労働大臣官房国際労働課仮訳―部内資料―のみ)。巻末には20項目にわたる質問が載せられており、6月までに各国政府は使用者団体、労働者団体、他の協力団体と協議して、回答を送付するよう要請された。

 回答の集約後、2001年1月には集約結果と結論案(討議原案)を記載した「第89回ILO総会2001.レポートV(2)」(通称イエローレポート)が再度各国政府に送付された。

 イエローレポートによれば95ヶ国から回答が寄せられ(注:加盟国175カ国2000年11月24日現在)、内、日本を含む60カ国は使用者団体、労働者団体と協議の上回答したとなっている。議題の性格から各国の協同組合全国組織からも回答している(イタリア、フランス、デンマークなど12カ国)。日本の場合は厚生省(当時)から意見を求められて日本生協連がメモを省に渡したという以外、さほど情報はない。

 6月のILO総会では政労使が個別にまた全体会議において、イエローレポートの結論案(討議原案)を逐条討議した。その結果が「ILO結論案(2001年総会)」であり、来年6月に向けてのグローバルな討議文書ということになる。

 尚、6月のILO総会には日本労働者協同組合連合会の菅野正純理事長が連合推薦オブザーバーとして厚生労働省の確認を経て出席し、積極的に討議に参加したことを特記しておきたい。筆者も今年3月、ILO第127号勧告見直しに関するICFTU-APRO(国際自由労連アジア太平洋地連)とICA-ROAP(国際協同組合同盟アジア太平洋地域事務局)との合同準備会議(於シンガポール)に参加している。

ILO結論案(2001年総会)の特徴

 結論案は、協同組合の自主性と可能性、期待性が記述され、協同組合のあり方、労働のあり方、現実に財務やマネジメントの脆弱さをどう克服するか、そのために国家政策はどうあるべきかまで言及したICA総会としての労作である。

 結論案は最初に、採択されるILO文書は(条約ではなく)勧告の形式をとるべきとしている(A第2項)。その後「B前文」「C範囲、定義、目的」「D政策の枠組みと加盟国の役割」「E振興のための政策の実施」「F使用者団体、労働者団体、協同組合組織の役割、それらの関係」「G国際協力」の章立てで20項目の記述となっている。

章の一つひとつがそれぞれ重要な内容であるが、紙面の都合上ここでは特徴点だけを述べたい。

ディーセント・ワーク(decent work)

 第一の特徴は「ディーセント・ワーク」なる概念の導入である(注:ディーセント・ワークには様々な訳が与えられるが適訳が見つからないので、現状ではILO東京支局が説明している「権利が保障され、十分な収入を得、適切な社会的保護のある生産的な仕事」という概念を紹介しておきたい)。

 前文では今まで採択された条約や勧告の内、労働の根本原則、団結権、差別雇用、社会保障、農村労働者、人的資源開発、中小企業による就労創出、等々の内容を踏襲すべきとした(第3項(1))上で、グローバル化のもたらした問題(同(2))、労働は商品ではないこと(ILOフィラデルフィア宣言)を認識するとともに(同(3))、ディーセント・ワークの実現がILOの第一義的目的であることを想起させることとしている(同(4))。

 ディーセント・ワークとはILOの資料によれば、2年前のILO総会に提出した事務局長報告で、21世紀のILOの中心的な目標をディーセント・ワークの確保と提案し、出席した政労使の支持を得たものとなっている。

ILOから見れば総会での「協同組合の振興」集中討議のための委員会作業は、ディーセント・ワークの課題に向けた政策統合の明確な一例と位置づくものであろうが、各種協同組合、協同組合陣営にとっても、相対的に弱い位置付けであった労働の切り口を鮮明にした点で、大変重要なキーワードになることは間違いない。

 ICAの定義、価値、原則の踏襲

第二の特徴は、協同組合の定義や原則にICA(国際協同組合同盟)が1995年のICA総会で採択した「協同組合のアイデンティティに関する声明<定義、価値、原則>」をほぼ組み入れたことである(第5項、第6項)。

ILO結論案の協同組合定義にはICA定義を土台に、「リスクと利益の公平な共有の承認」「運営への積極的参加」という内容を加えた。昨今の日本の協同組合の状況を俯瞰すれば、組合員の参加を強調し、組合員の経営自己責任を想起させるという点で、実践に基づく定義の強化と言えるであろう。

ところで、国際組織で協同組合を公式に定義したのはICAよりもILOが先で、1966年の127号勧告「(開発途上国)協同組合の振興」に述べられている。ICAは1895年設立から加入基準、組合基準等を論議し、1937年に原則を定め、1966年にそれを改定しながらも、公式定義は特に定めなかった。ICAで協同組合の定義、本質について言及したのは「思想の危機」を指摘した1980年のモスクワ大会のレイドロー報告「西暦2000年における協同組合」(邦訳:日本協同組合学会、1989年日本経済評論社刊)においてである。

その時にレイドロー博士が「最も役立つ、満足のいく定義の一つ」として紹介されたフランス経済学者シャルル・ジードの定義「協同組合は事業経営を手段として、共通の経済的、社会的、および教育的目的を追求する人々の集まりである」を土台に、今までの協同組合運営原則の内容等(共同所有、民主的管理、自律性等々)を付加しつつ確定したのが、1995年のICA「協同組合のアイデンティティに関する声明<定義、価値、原則>」ということになろう。

 「協同組合陣営外」からの期待

第三の特徴は、政労使が、いわば「協同組合陣営外」から、協同組合に期待すること、そのための協同組合振興策を打ち出したということである(注:このことに関し、協同組合関係者を「含めない」会議の議論に懸念を示すICA関係者もいることも事実であるが、今回の場合、各協同組合の討議への関与は可能。)。

それは、第8項とその後の「D政策の枠組みと加盟国の役割」「E振興のための政策の実施」「F使用者団体、労働者団体、協同組合組織の役割、それらの関係」という章立てに見られる。

第8項は協同組合に対し期待を込めて以下のように記述している。「協同組合が連帯を精神とする事業体・組織として、不利な立場にある集団を含めて、社会統合を達成するという、社会の必要に応えることができるよう、特別措置を採ることを奨励するべきである。」

「D政策の枠組みと加盟国の役割」の章の第12項においては、「加盟国は、頻繁化している周辺的な、生存ぎりぎりの活動(「インフォーマル・セクター」)を、法的に保護され、経済生活の主流に完全統合された仕事に転換する上で、協同組合の果たす役割の増進に努めるべきである」と述べ、グローバル化における社会的排除に立ち向かう包容の協同組合の役割を浮かび上がらせている。

「使用者団体、労働者団体、協同組合組織の役割、それらの関係」の章では、使用者団体への会員権拡張、協同組合の労働者の労働者団体への加入が述べられ、第18項「労働者団体に奨励すること」のなかでさまざまな協力関係の構築が提示されている。特に注目したいのは「(d) 企業閉鎖が提案された場合を含めて、雇用の創出と維持の観点から、新たな協同組合の設立に参加すること」が記述されていることである。これは新しい働き方、生産協同組合、ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)等を想起させていると言って良い。

 政策的措置、法的枠組み

もちろん、協同組合の持っている多様な潜在力を発揮するには、政策的整備、諸団体との協力関係の構築とともに、既存協同組合自身の自己改革が必要なのは言うまでもない。それは単に各単位の協同組合の問題ではなく、既存の各種協同組合が縦割りの壁を越えて地域や社会のために協同するまでを含むことになる。

同時に社会ニーズからすれば、市民の自発性・自己責任にもとづく新しい協同組合の設立が容易になるような政策的措置、法的枠組みの整備が必要となる(第10項)。特に日本において、西欧でさまざまな成果を上げているワーカーズ・コープ(労働者協同組合)が協同組合法制度上欠如していることは由々しき事態である(G7では日本だけ法がない)。早急な法整備(法制定)が求められている。

結 論

 ILOの今回の「協同組合の振興」勧告に向けての討議は、全加盟国向けのものである。日本もぜひ、このグローバルな討議に参加すべきであろう。すでに、日本協同組合学会は来年1月26日に「ILO新勧告シンポ(仮称)」を予定していると聞いているが、時宜にかなう取り組みとして大いに注目したい。殊、この件に関しては、所轄官庁が分かれている(所謂縦割り)下での各種協同組合毎の討議だけでは、あるところ以上は深まり難いと思えるのである。

 さらにこの件では、労働組合や使用者団体での議論も大いに期待されているとおもわれる。さらにはILOへの代表を送る政府・国の討論指揮もあっておかしくはない。もちろん、協同組合代表との協議を大切にしながらである。

 その際、ICAのロドリゲス会長が1999年ケベック大会で「排除の最悪の帰結は失業であります。それは生活が維持できなくなることです。この種の排除は社会不安を深刻にします。この種の排除は問題を更に更に大きくします。麻薬取引、テロリズムやゲリラ戦争、犯罪と。何よりも排除は民主主義の大敵です。排除は民主主義の政府に対して明らかな直接的脅威となり得ます。」と挨拶し、この面での協同組合の果たす役割を明らかにしていることも付け加えておきたい。

 この結論案にもとづく論議を経て2002年に勧告「協同組合の振興」が採択されるならば、既存の協同組合にとってだけではなく、グローバル化の下での集中と排除という大波に洗われている世界各国・日本の労働者・市民にとっても大きな力になると確信している。




(社)国際労働運動研究協会「国際労働運動」2001年10月号収録に追加修正


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