学士会会報 2003-V No.842

協同組合30年〜大学生協・アジア・協同労働

岡安喜三郎


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 私は30年前、東大生協に勤めることになった。他の人よりちょっと遅く卒業して就職した東大生協では、教科書担当や店長を経て篠原一 理事長の下で専務理事を、またその後移籍した全国大学生協連では、福武直会長理事、大内力会長理事の下で専務理事、副会長理事を務め、その間日本生協連理 事も併任した。50歳で大学生協を離れようとした意図も2年ほど遅れて3年前、新千年紀の始まりから労働者協同組合(ワーカーズコープ、略称労協)の活動 に従事している。
 協同組合は経済団体としての機能や価値が言及されるが、本来それは、人と人とのつながりの営みを通じてのことであり、協同組合に関わるすべての人、組合 員資格のある人たちだけではなく、取引や労働等で関わる人たちすべてを主体にして運営する組織・団体であることが本質的である。
 大学生協で長く学生と付き合ってきたので余計感じるのかも知れないが、およそ若者に支持されない組織はいずれ衰退の道しかない、と思っている。協同組合 に限らず世代交代が必定な組織なら尚更である。決定的なのは、若者が主体となって活動できる余地があるかないかの問題である。実際に生き生きと活動してい る若者のいる組織なら、他の若者にも魅力あるものと映るであろう。
 労働者協同組合は、欧州では制度的に認められ、雇用創出や社会統合、また地域福祉の重要な担い手の一つと見られている。しかし、G8のうち日本だけにこ の協同組合の法制度がなく、目下『「協同労働の協同組合」法制定市民会議』(会長大内力東大名誉教授)が組織され、超党派による議員立法をめざしていると ころである。

大学生協とアジアの協同組合との交流

  私が27年間過ごした大学生協は、学生・院生・教職員で構成され、9割が学生・院生である。教職員の採用削減や大学院生の増加によって大学生協組合員の平 均年齢が高まっているが、圧倒的多くの組合員が30歳以下の青年層であることには変わりがない。大学生協は青年が初めて正統に組合員となる協同組合と言え る。
 大学キャンパスで店舗を持って活動する協同組合は、北米諸国、東・東南・南アジア諸国に多く見ることができる。東南アジアには高校に多くの協同組合が設 置されている。その中でも日本の大学生協は特別に大きく、200以上の大学生協、140万人の組合員が数えられる。
 日本の大学生協は質的にも大きな特徴がある。教職員と学生とが一緒に協同組合に参加していること、キャンパスの殆どの人を組合員にしていることである。 学生にとっては、様々な構成員と民主的に一緒に行う経済活動を軸とする実践活動は、市民としての自立を促す教育的価値を持っていると言えよう。
 この質的特徴にICA(国際協同組合同盟)アジア太平洋地域事務局が着目し、同支局と日本の大学生協連との協力による「日本の大学生協紹介セミナー」シ リーズが現にキャンパスコープの存在する国々で1989年から開始された。開催国は順に、タイ、フィリピン、インド、インドネシア、マレーシアであった。
 アジアの交流はこれにとどまらず、各国の協同組合連合会が主催する国内会議やプロジェクトを通じた交流も増加した。国際交流の内容は連合会づくりと共同仕入れ活動のノウハウ提供、人材育成活動への支援協力を主としたものであった。
 これらの活動は各国政府の協同組合担当部局からも支援が得られ、ICAアジア太平洋地域の特徴的な連帯活動として評価されたと言って良い。東南アジア諸 国にとって、青年である学生は将来の国のリーダーであり、その彼らが協同組合への参加を強めることは様々な意味で重要な価値を持っていたからである。
 実際、彼ら青年リーダーの積極的な学習意欲と行動には目を見張るものがある。目をきらきらとさせ、拙い私の英語であっても何でも吸収してやろうという意 欲がはっきりと見える。当然質問もしてくる。自分たちが国の未来を担うという意識は日本よりは確実に高いと見えた。

地域社会への関わりと協同組合

  このような交流を通じて、あることが気になり始めた。確かに日本の大学生協は規模も質も彼らの国に比べて段違いである。したがってこれを成功事例として、 その要因となる組合員の声活動、参加の重視、大学との協力関係、教育研修、社会正義、教育的価値等々を熱く伝えることはできる。実際彼らはそれらを理解、 吸収し実践に活かしている。
 しかし、他の形態の協同組合との連携による、地域社会の再生、社会統合、協同組合(総体の陣営)における青年の人的資源開発とかになると、日本の協同組 合運動の立ち後れが目に付くようになる。地域の問題は各々の協同組合が積極的に関与して取り組んでも、協同組合どうしに、また他の団体との間に協同の心 あって始めて、人と人とのつながりを促す協同組合の持つ本来の力が発揮できる。
 例えばフィリピンでは障害者の共同作業所コープや、障害者が運営主体者となって働く協同組合(障害者の労働者協同組合)が存在し、ベトナムの相対的貧困 地帯フエでは、政府や民間企業の支援が少ないため、現地の生協が職業訓練の学校(貧困から脱出するために障害者の子供にミシンの扱い方を一定期間無償で訓 練する)を運営している。
 これらの協同組合の現場に大学生協に所属していた私たちがアクセスできたのは、協同組合が縦割りになっていないからである。要するにすべてが同じ協同組 合の仲間なのである。したがって、大学生協という小さなセクターから様々な協同組合形態の現場を訪問し交流することができた。そして様々な青年と論議する ことができた。
 様々な協同組合形態はヨーロッパから学ぶこと大ではあるが、アジアの協同組合も多様であり、その活動も豊かである。

国連・ILO等の協同組合政策と日本

  国連やILO(国際労働機関)等の国際機関では、社会的・経済的諸課題の解決に当たって、協同組合への期待が高まっている。共通して貧困の撲滅、まともな 雇用の創出、社会統合の促進などに果たす協同組合の役割に着目しているのは、グローバル化の下で進行している、失業・不安定雇用の増加、貧富の差の拡大を 克服する必要性が背景となっているからと言えよう。
 ILOは昨年、第90回総会において協同組合振興勧告を採択した。36年ぶりの新勧告であるが、前回が発展途上国向けであったのに対し、今回はグローバルな勧告なので、日本にとっては協同組合振興に関する初めてのILO勧告ということになる。
 この勧告が「政策的枠組みと政府の役割」で述べている点は、第一に、協同組合振興を経済的・社会的開発の一つの柱と位置づけること、第二に、協同組合を 適切に処遇し、特定の社会的・公共的政策課題では支援施策を導入すること、第三は協同組合運動における女性の参加拡大を特別に考慮することである。
 特に第一に関連しては、2001年第56回国連総会決議「社会開発における協同組合」も前文で、様々な協同組合が、女性や若者、高齢者、障害者等あらゆ る人々による経済的・社会的開発への最大限可能な参加を促進し、経済的・社会的開発における主要な要素になりつつあると、協同組合の役割を認知している。
 ILO勧告や国連決議の内容を日本に生かそうとするとき、幾つかの壁を取り除くことが求められる。それは「様々な協同組合」を保証する協同組合法制度 で、女性や若者、高齢者、障害者等あらゆる人々の主体的な社会参加を促進する制度の制定である。具体的には仕事起こしの協同組合法、すなわち労働者協同組 合法の立法措置である。
 このようにして、一方では労働者協同組合、すなわち地域に役立つ仕事起こしの協同組合が存在し、他方には信金・信組などの金融協同組織が加わって、協同 組合が地域でまとまり、行政やNPO、企業等と連携することによって、地域の産業を協同組合総体の力、すなわち本来の協同の心と力を生かして振興させるこ とが可能である。これがILOの言う協同組合を経済的・社会的開発の一つの柱と位置づける意味になるのではなかろうか。

多様な働き方と「協同労働の協同組合」

  欧州では労働者協同組合は、雇用創出、社会統合、地域福祉の重要な担い手と認知されているが、日本においても、その見方が行政の中で着実に拡がりつつある と実感している。厳しい雇用情勢の中では単なる資格取得だけでは雇用に至らない。ホームヘルパー講座と仕事起こしの取り組みを一緒に行う講座をハローワー クから委託された鹿児島の例は、東京、福島と拡がりを示している。
 最近では、本年五月に公表された厚生労働省政策統括官が主宰する雇用創出企画会議第一次報告書において、雇用の創出が大いに期待されるコミュニティ・ビジネスの担い手として、NPO等とともに労働者協同組合の名が挙げられている。
 労働者協同組合とは働こうとする市民・失業者たちが出資金を出し合って事業を起こす、仕事起こしの協同組合で、換言すれば高齢者、障害者などあらゆる人が企業に雇われるのではない「もう一つの働き方」で働く場を手にすることのできる協同組合である。
 日本ではこの様な事業体には、労働者協同組合、ワーカーズコープ、ワーカーズコレクティブ等があり、取引上当面の法人形態としてNPO、企業組合、有限 会社、株式会社等を採用しているが未法人の場合も少なくない。高齢者協同組合は全国的に生協形態を採用している。農村女性の「起業」も数千を超えているで あろう。
 この様な形で何人ほど働いているかは統計上正確には把握できないが、5万人以上と推定される。一方、欧州の労働者協同組合・社会的協同組合・参加型企業 の連合会(CECOP)は37の国・地域に約83,000企業、130万人の従業員を擁し、日本の人口に当てはめると30数万人に対応する規模となる。
 日本とのこの現実の差は日本の法的未整備の差であると安易には言うべきではないが、日本における法整備がもたらす就労の場増加の実現可能性を示していると言える興味ある数値である。
 ここで労働者協同組合の未来形である「協同労働の協同組合」について紹介したい。冒頭で紹介した法制定市民会議には「協同労働の協同組合」の名称が冠さ れているように、これには新しい働き方を基礎に、地域の生活に役立つ仕事をどの様に協同して実現するかの思いが込められている。
 労働者協同組合制度は、雇用関係ではない「もう一つの働き方」を提供するものであり、それが雇用創出や社会統合、地域福祉に貢献する役割を担うことがで きるのであるが、これらの分野でより効果的に役割を果たすには、働く者どうしの協同だけではなく、社会福祉を含むサービスの利害関係者たち、すなわちサー ビスを利用する人たちとの協同、地域・自治体との協同関係が必要となってくる。同時に他の新しい仕事起こしを支援する社会連帯性も大切になる。
 このように雇用関係のない働き方を基礎に、「協同労働の協同組合」は雇用創出や社会統合、地域福祉をより促進することを専らの目的として、前記したその サービスの利害関係者たちをも組合員にした協同組合をめざすことができる。その企業統治レベルを見れば、マルチステークホルダーズ型協同組合を模索するこ とになると思われる。
 国際協同組合運動は20世紀末の1995年に協同組合のアイデンティティに関するICA声明を採択したが、その前後から、地域社会に積極的に関与する新 しいタイプの協同組合制度が生まれている。イタリアやポルトガルの「社会的協同組合」に関する法律、今世紀に入ってのフランスの「一般利益の協同組合」の ための法律改正等がそうである。もっとも、フランスの改正はアソシエーション(NPO)から協同組合への転換を促す目的でもあるが。
 新しいタイプの協同組合とは、協同組合の社会的次元を拡げることによって、また非組合員のために恩恵を拡大することによってNPO形態に近づくように見える。また、単純な一人一票制の修正が絡むマルチステークホルダーズ型協同組合でもある。
 これらを支える新しい労働こそ、働く主体が地域貢献に専念し、様々なステークホルダーとの協同の心と力を持った協同労働ということになる。
 この様なタイプの協同組合は、伝統的な協同組合観からすると、協同組合からの逸脱とも取られるかも知れない。しかし、地域社会に多元的な価値共存が求め られる時代に、協同組合にも地域に開かれた新しい挑戦が求められる。そしてそれはあくまでも21世紀型の協同組合なのである。

「学士会会報 2003-V No.842 」収録



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