生協職員との新しい関係づくりをめざす
場のマネジメント

―経営組織とその周辺領域/ステークホルダー―

岡安 喜三郎

自戒を込めて、好きな言葉です。
 「顧客との関係は、従業員との関係をもって始まる。この哲学が私たちの信念です。従業員の顧客対応の方法は、従業員自身が経営側からどのように扱われているかを反映します。」
(ジム・パーキンス, Sr. VP, Federal Express)

はじめに

 社会と大学の変化、さらに生活意識の変化は、結論として言えば、大学生協に自己革新を迫っていると言えます。自己革新は、商品活動のあり方、情報ネットワーク時代の店舗と事業連帯のあり方、大学生協にふさわしい職員組織のあり方、トップマネジメントのあり方など、様々な分野にわたっています。しかもそれらは個別に改善されるものではなく、相互の関係を持っています。たとえば組合員参加の問題も手の問題ではなく、生協事業・店舗と組合員との関係のあり方として解明すべきものです。すなわち、組合員(利用者)のパワーを事業のどこに置くのか?―事業の中心に置くのか?事業の外に置くのか? 参加の問題を手の問題として展開する場合、往々にして経営者自らを変えるテーマは薄められがちです。
 同じように、本テーマである職員問題も人事・教育制度の問題に解消することなく、生協・経営と生協職員との関係のあり方としてと解明し実践することが求められていると言えます。関係のあり方として見なければ、相手の変わることだけを夢見る狭隘な生協像が浮かんでくるだけです。しかも、生協・経営と生協職員との関係も、それ自体で完結するものではなく、生協と組合員との関係、さまざまな人たちとの諸関係とまた関係しています。
 その点で、先の生協総研シンポジウムでの大内先生の主催者あいさつの最後の方のくだりが、私にとっての基本方向でもあります。
 「生協の中では、労務管理ではなくて、役員も組合員も職員も、生協の理想を達成することが人類的課題だという意識を持って働けるような、そういう諸関係をこれから生協の中でどうやって作っていき得るかということが大変大きな課題です。そのことを最終的に目指しながら、職員問題というものの研究を深めていきたいというのが我々の一番基本的な問題意識だったわけです。」
  ところが、これらの関係づくりは伝統的な経営手法、経営論―生協も借用していた―から見れば主要な位置ではなく、精々内部動員の方法の一つにすぎなかったものです。ここで、伝統的な経営手法、経営論とは「マネジメントは命令や権限、統制に依存するし、重要視されるのは力と権限である。各々の部分や機能は分析可能で、別々の取り扱いが可能。組織は上級の幹部がリードすべきもの。かくして人は組織目的に合うように訓練される、等々」の考え方、およびこれらを根底に置いた一連の業務とそのサイクルを言うことにします。
 21世紀の大学生協を支えるのは私たちでもあり、現在店舗で働いている職員でもあります。その職員がどのような感覚で大学生協とその職場を見ているか、そこから話を進めたいと思います。
 なお、本文書の論点の対象は大学生協です。基本的には大学生協での実践とチャレンジを背景に書かせて頂きました。また、アジアの大学生協との交流、アメリカのカレッジストア・マネージャーとの意見交換、交流も参考になっています。

95年春闘生活実感アンケートより

 春闘時には労働組合から労組員のアンケート結果が出されます。その中で、現在の仕事や生協運動について系統的に集約している結果が出されますが、常勤役員として心が痛むのは、ここ数年、「展望はないが働き続けたい」が4割弱を占めており、「展望があり働き続けたい」を十数%引き離していることです。
 展望なしの理由は、複数回答で、「処遇や労働条件」が3割強、「将来性と安定性に疑問」「現在の理事会の政策」が各々約2割、「生協らしさが実感できない」「現在の職場運営」が1割台で続いています。
 これは、東京の大学労協の話ですが、生協労連全体でも特徴は変わらないようです。
 このことを経営担当理事としてどう見るかが問われていると言えましょう。展望を持っているか否かはその職員の問題であると割り切ることも、「展望あり25%」を意外と多いと納得するのも、伝統的な経営手法の意味での人事・労務の立場からはあり得ることです。「展望あり」と答えた人たちが職場の中でリーダーシップを持っていくであろうことは否定しませんし、十分その可能性はありるわけですから。しかし、トップマネジメントの立場からでもそれでは、ほどほどの大学生協しか実現しないことが目に見えています。このような状態で店舗が組合員といい仕事をしようとしてもロスが多すぎます。
 「私たちは、高いこころざしを持って自らの組織を積極的に再形成する決意が求められます。『ほどほどの大学生協をもとめるのか、価値ある大学生協をもとめるのか』で、十年後、二十年後の大学生協が大きく変わってしまう時代にいることを胆に銘じる必要があります。」

生協職員は最も身近で重要なステークホルダー

 生協の経営者にとって、最も身近で重要なステークホルダーは生協職員です。様々なステークホルダーとの関係は、摩擦解消に時間が割かれる関係なのか、事務的な取引関係なのか、パートナーなのか、はたまたリーダーシップをとる関係なのか。この関係を意識せずして21世紀への価値ある生協事業はあり得ないでしょう。
 生協職員との関係は、パートナーないし真のリーダーシップの関係として形成するのが21世紀に向けた生協経営者の挑戦課題と思われます。
 その時の実践的論点は、「もっと役に立ちたい」「学んだり、成長したい」という生協職員の心的エネルギーは、経営(しかもその改善)にどう位置づくかを、経営者として解明し表明することと思われます。少なくとも伝統的経営における効率の面からは、マネージャー(上司)の力と権限の統率下でない限り、しばしば余計なことと言われてきたものです。しかし、それではもはや涸渇した組織として、経営的に見ても限界が見えています。しかも、生協職員が最も良く見えている場合が多いということも否定できません。
 生協職員は、POS情報<形式情報:コンピュータシステム等で集約される>などとは違う、利用場面での組合員一人ひとりに関わる様々な意味情報<人の主観と解釈―編集を通じて集約される>に日常的に接しています。
 大学生協の店舗は来店したから必ず購入するとは言えない商品分野もっています。例えば書籍店舗ですと、かなり大きな店舗でも購入者は来店者の約半数程度です。食堂や食品を除けば程度の差はあれ同様のことがあり、単なる品揃えの善し悪しではない問題があります。勉学や研究、その他の生活でも新しいことをしようとするときは、購入したい商品が確定しないまま、ある程度の範囲に絞った程度で来店する場合があると言うことです。このことは、現在の社会状況と科学技術の急速な進展のなかで、教材分野、コンピュータ関連で顕著になっています。おそらく、生活の質を求めるレベルでも同様のことが十分あり得ます。
 これに対応するには、素材・単品の提供・陳列品揃えだけでは満足が得られません。すなわち、組合員にとって購入するものには至ってないということです。個別の問題に対応できる解決提案がポイントとなっています。ここでは、餅は餅屋で、どの素材が提供できるかは商品部が優れおり、解決をしたい研究活動や生活の情報は組合員が生で持っている、そしてそれらを結びつけるのが店舗のサービスレベルであり、具体的に店舗の人が媒体の役割を果たすことになります。
 このような店舗の活動は、当然ながら販売結果情報では得られない、使い方の情報とか、店舗にない素材・単品の情報などをはじめ、組合員から見た他店の情報がその店舗の知識として蓄積され、新たな商品開発など、経営にとって有用な知識になります。それはセルフサービスの分野でも、組合員の顔の動きや購入行動といった生の情報や、コミュニケーションを通じて得られる情報は同様のことが言えます。
 ここで面白いことは、第一に、このような質に関わる情報の把握と蓄積は、生協事業への積極的関与の度合いで、そのレベルも変わると覚悟しなければならないということです。少なくとも、マニュアルレベルで事足りる課題ではありません。そこで冒頭の言葉「顧客との関係は、従業員との関係をもって始まる。この哲学が私たちの信念です。従業員の顧客対応の方法は、従業員自身が経営側からどのように扱われているかを反映します。」が極めて大切なものとなります。
 第二に、その様な情報を集約し事業に生かすのは、何も経営担当者や商品開発者だけではないということです。商業ネットワーク、ニフティ等のフォーラム・会議室を使った情報交換は、大学生協を見ただけでも、書籍の担当者どうし、情報機器の店舗担当者・商品担当間で活発に行われています。担当者どうしの情報交換は、同じ様な場面で、同じ様な関心と具体的悩みをもつ人たちの交流として、自分たちの仕事のレベルを向上させています。ここでも、生協事業への積極的関与の気持ちがネットワーキングを支えています。
 ここで、経営担当者としてまたも自戒すべきことは、生協事業への積極的関与を一方的に生協職員に要求しても、それだけなら生協への忠誠を要求していることに他ならないということです。確認された生協の理念や生協ビジョンへの忠誠なら積極的関与を促すということにもなるでしょうが、現在の生協組織への名の下に(露骨に言えば)現在の幹部およびその集団への忠誠は、人間の尊厳、人格の尊重を詠う協同組合なら避けるべきものです。所詮、長続きしないものですから。
 生協職員の生協事業への積極的関与は、本質的に生協職員自身から生まれるものであって、他から強制されて出来上がるものではありません。この流れを必然のものとして認識できるならば、積極的関与の問題は、個々の生協職員の生き方とか思いがどの様に事業の中で生かせるかに連動していると言えます。

魅力ある事業体・積極的に選ばれる店舗

 自分が関わっている組織には、誰でもが魅力あるものであって欲しいと思うものです。働いている人なら、自分が働いている企業に。学生なら、自分が学んでいる大学に。そして、自分が加入し活動している生協に。
 大学生協も21世紀のビジョンとして「魅力ある事業体としての大学生協」を掲げました。そして、「店舗は仕方なく使われるのではなく、組合員からも、大学からも、取引業者からも、そして大学生協職員からも、積極的に選ばれること」をめざします。
 ここで大切にしたい観点は、大学から選ばれたいと努力しても、他のステークホルダーから選ばれることなしに、大学からも選ばれないという、相互の関連を認識すること、そして、少なくとも生協執行部が取引業者や生協職員を「選ぶ」のはではないという関係を認識することでしょう。本テーマである生協職員との関係について言えば、確かに採用権や人事権を持った雇用主ではありますから、この「選ばれる」組み立てには伝統的経営からみれば違和感があるかも知れません。しかし、21世紀に価値ある事業体として存続するには、主要なステークホルダーから選ばれる事業体をつくるという発想の転換の必要性が生まれます。
 頑張れば、また叱咤激励すれば成長した時代はもはや過去であり、現実はマイナス成長に直面しています。どのような経営理念・ビジョンをもって戦略展開するか、それがステークホルダーからどのように共感を得られるによって、その組織、すなわち生協がいい仕事ができるかどうかの時代に入りつつある以上、生協職員がその様なリーダーシップをトップマネジメント・理事会に求めるのは当然になると、容易に推測できます。それは伝統的な経営でのリーダーではないことも事実です。
 大学生協はこの件に関して、以下のようなビジョンを掲げました。
 「大学生協職員が自分の大学生協を魅力と展望のある事業体として感じるときは、大学生協は一人ひとりの大学生協職員の能力を最大限に発揮させるだけではなく、大学生協自体の将来の発展をも確実なものとします。大学生協と大学生協職員の基本関係として、大学生協は大学生協職員を大切にするということだけでなく、大学生協職員が自分自身を大切にする機会を提供するという関係を築き上げます。その方向に沿って、経営意思決定への参画、社会活動への参加の支援など、待遇の改善、公平な評価、さまざまな面から現状を改善することが急務です。」

結局問われる協同組合の意味

 大学生協の「21世紀ビジョンとアクションプラン」はほぼ2年間をかけて会員論議をすすめてきました。当初から、現状への半ば諦めからビジョン策定自体を疑問視する意見、実現性を疑問視する意見も確かに根強くありましたが、一方で、「もっと関わってみよう」「忙しさに負けずに未来を考えてみよう」「これなら働き続けてみよう」との思いに支えられて策定をすすめた経緯があります。
 前述した、一見反対の姿勢と見える意見を言う人も、実は生協に積極的に関与している人たちで、さらに関与していきたいという、共通性をもった人たちです。意見にどんな感想を持とうとも、現実はこの人たちによって生協は支えられています。極端な意見はまだ未熟な生協運営を反映していると見ることができます。
 生協に積極的に関与している人ほど、どうにかしなければとの思いが募るのは現実です。組合員の中に存在する生協店舗の見方「市中の店舗とそう変わらない」の評価をどうにかしなければ。システムに使われるような仕事、どうにかしなければ。日々の仕事の中で、生協活動が見えない、どうにかしなければ。人を減らしてきたが経営状況は良くならない、どうにかしなければ。大学は大きく変わる、どうにかしなければ。多くの人が思っているわけです、しかも個々にです。教職員理事は教職員として、学生理事は学生として、生協職員は職員として、また労働組合員として、専務理事は専務理事として。
 日常の仕事や活動、会議の中で、それぞれの人たちを横断してこれら問題点が交流され、共通認識の下に一定の方向を出すことになれば、教職員を含む組合員の活動も、それと連動した店舗の活動も焦点が定まり、経営も一定の改善がすすむ、このことは、困難な局面を打開してきた大学生協の共通の教訓です。
 当然ながら、日常の仕事や活動、会議の中心軸は理事会ですが、その時はやはり、生協や協同組合の原点や理念(生協は何するところか等)が関わりの原動力になるのであって、単なる供給伸長や経営改善の手の問題で、自分の時間の一部を割くわけではありません。1993年12月の全国大学生協連全国総会での教職員代議員の発言が特徴的です。『生協が単に物を安く供給するだけならば、それは一業者にすぎません。私は大学職員として、そういう生協であればかかわりたいとは思いません。私は生協に、大学職員として「意味のあるかかわり方」をしたいと思います。』
 先の意見の中には、理念と実践の乖離の問題が避けて通ってはいけない課題としてあることも明らかになりました。「日々の仕事の中で、生協活動が見えない」との声は遺憾ながら、多くのところから聞こえています。俺は分かる、幹部になれば分かるというのは論外ですが、理念教育で済む問題でもなさそうです。私は理念と実践の乖離の問題を、生協の事業経営における仕事の位置と性格に関わる問題としてとらえています。
 先ずその位置ですが、仕事の社会的な一般論は別にして、経営的にみる職員の仕事の位置づけ論議は、それが規定されるその職場の位置づけ論議を抜きにしてはできません。生協経営者やマネージャーが、職場である店舗をどう認識し、日常の執行をしているかをとらえれば問題は鮮明になります。
 店舗は大学生協にとって何か?機能論とかいろいろと論議がされてきましたが、80年前後から提起された場としての説明、すなわち「1.組合員が協同して生活要求を実現する場、2.生協理事会の事業政策を執行する場、3.生協職員が生活し、成長する場、4.生協経営を支える場」が現状では最も大学生協の店を効果的に説明できるものと思えます。生協店舗は単なる商品を売る場でもなく、単なる労働力提供の場でもありません、人の心と時間軸を持ったダイナミックな場です。店長が管理するのはこの場ということになります。私はこれを「場(フィールド)の管理」と呼んでいます。
 このような場として店舗をとらえることは、先に述べた生協職員が店舗で組合員の生活や商品購入に関する意味情報ををつかみ、店舗の知識として蓄積する活動を、生協の仕事として位置づけることになります。そして肝要なのは専務理事や幹部自身が組合員の生活や行動に関心を持って、担当者と話をすることです。店の棚の前とかで、それは一日たぶん1分でも3分でもいいと思います。そういうことの繰り返しが理念と結びついた仕事の中身を実践的につくっていくものなのでしょう。我が生協の理念はこうなんだ、だから君の仕事はいい仕事なんだと百回語っても、たぶん実感にはならないと思います。これをほんとにやるのは日常のちょっとした契機であるし、場面だと思います。

大学生協の事業性格と仕事の性格

 生協経営から見る生協職員の仕事の位置が職場、店舗の位置づけに規定されるように、生協職員の仕事の性格もまた大学生協の事業の性格に規定されると言えます。言うまでもなく、事業性格は生協の理念・経営理念、その下での事業戦略から発するものです。
 大学生協は1990年に、生活場面での組合員の関心や動向の違いを4つの生活分野として分け、4つの戦略的事業分野を設定しました。限られた時間と経営資源のなかで、生協事業を効果的に発展させるための設定で、勉学教育研究分野、日常社会生活分野、自己開発体験分野、食と健康安全分野です。これらは各分野毎にマネジメント重点が異なることを想定しています。また、各分野毎の重点の設定で生協の主張が見えると同時に、大学らしい専門性を持った組合員の参加が容易になることを意図したものです。
 第一は、大学(高等教育機関)における勉学教育研究活動を支えることを目的とした事業分野です。この分野は大学の情報化・国際化・個性化と密接に連関を持っているとともに、日本の高等教育機関のなかで活動するため、市場動向の後追いではなくもっとも創造性あるマネジメントが必要とされる戦略分野です。
 第二は、キャンパス内外の日常的な社会生活の質的向上を目的とした事業分野です。常に生協らしさが問われ、環境問題など、個人の価値観やライフスタイルを重視する活動ですので、生活者の情報を常に入手し活用し、新たな価値を発信するシステム構築が最も必要とされる戦略分野です。
 第三は、さまざまな体験をし、自己開発をめざす組合員の支援を目的とした事業分野です。各種資格取得や英会話、海外や国内の旅行などとともに、ボランティアや社会活動を通じた自己開発プログラムなど将来の事業開発をふくめ、成長を図る戦略分野です。
 最後の第四は、食生活の自立と健康の向上を目的とした事業分野です。この分野には大学関係者の関心が最も向けられており、大学との協力関係を築き、学内において頼りにされる生協をめざす諸活動をリードする戦略分野です。
 これらの戦略に沿う新しい事業、たとえば高等教育におけるコンピュータ環境の革新のための事業の成否は、PCカンファレンスの拡がりと密接に関係しています。同様に、外国語コミュニケーション事業は年次の全国交流会と密接に関係しています。こうなってくると大学生協は単なる小売業ではなくなってしまいます。
 実は21世紀に向けて大学キャンパスでの業態検討をすすめていますが、それと連動する重要な組み立ては店舗、とりわけ大学生協に特徴的な小規模店舗のチーム形成です。小規模で有利な人の密接な繋がり生かせば問題解決レベルのサービスが可能です。そのためには、既存の店舗組織の発想の枠組みを変える、パラダイム転換が必要です。店舗外の人、例えば組合員とのチーム形成が重要になります。店舗のサービスレベルを高めるにはチーム形成も重要な仕事になります。
 いずれにしろ、市中の小売業とか流通業とかの技術面は身につける必要がありますが、戦略的には、いわばカレッジストア業態の形成とも言える大学生協の挑戦が必要になっています。生協職員は、日々の仕事を通じて協同の良さを発信する組織者、それを実際にコーディネートできる協同組合手法の専門家であることが経営的にも重要な意味を持ってきます。
 4つの事業戦略分野を設定した際、ある教員の方が、大学生協の労働の性格は、ますます人の成長・発達を支援する労働の意味あいが強くなったと言われました。人の成長・発達を喜ぶ人のほうが仕事にやりがいが出る、それが現実の事業を支えるという意味で私もそう思います。

最後に「大学生協の経営評価基準(全国版)」について

 最後に、トップマネジメントそのものの課題を見たいと思います。
 21世紀に向けた生協事業の発展の保障はステークホルダーとの積極的な関係づくりにあるとの立場から、生協職員との関係のあり方を述べてきました。全てのステークホルダーとの関係で共通している私たちの実践的姿勢は、誰もがもっと関わりたいと思う、関わりがいのある生協事業をつくりあげることにあると言えます。
 その時に念頭に入れなければならないのは、情報ネットワークです。先に述べた例だけでなく、電子メールが企業を変えるという事態は、大学生協連でも体験中です。誰もが情報の発信者になれ、公開したい情報は中間者を介さずに一斉に公開されます。情報の占有と小出しで力と権力を支えてきた構造は急激に薄まり、「情報の共有、判断の優位。これが幹部たる所以」という、今までなら努力目標で済んでいたものが現実の事態になると思われます。
 誰もがもっと関わりたいと思う、関わりがいのある生協事業を作り上げるには、まだ様々な挑戦課題を残しています。「大学生協の社会的使命と21世紀ビジョン」の全国版は昨年採択しましたが、各大学生協でのビジョンづくりが今年度の課題です。組合員や生協職員にとって「自分たちの生協のビジョン」が実際にもっと大きな力になることは疑いの余地がありません。
 さらに、経営活動を確かな方向に持っていくための、各大学生協の理事の人たちに分かり易い事業経営指標の策定です。それは大学という共通基盤の中で活動する大学生協ですし、連帯活動を重視してきた立場から全国版の指標になります。大学生協の社会的な使命とビジョンに方向づけられた、成果測定の可能な評価基準を検討し、単なる経営標準値ではない『大学生協における事業経営評価の基準(全国版)』を策定するという課題です。
 すでに全国理事会の諮問機関として策定委員会が発足しています。言うは易し行うは何とかと最初から言われている課題ですが、私の経験からは策定活動自体が運動として行われることが、その後の大きな力になると思っています。注目されている企業トップの話を聞いて学ぶ、実際に見せてもらう。最新の経営論を一般教養として研究する。一方で現実の大学生協の専務や店長、担当者の思いを集約し交流する中から、内部にある学ぶべき点を抽出する。等々の活動がすすめられると思います。
 またこの策定活動は、21世紀に向けた大学生協の経営理念・経営論の構築という挑戦であるとも思っています。おそらく、今後も挑戦という文字のない経営はないと思われます。
 大学生協の店舗はユニークな存在とも言えます。しかし、大学内での存在価値は、運営に協同組合的方法を生かすことによって鮮明になっているのも事実です。その協同組合的方法の本質は、人間社会の基本的で普遍的な価値から生まれ、それを具体的な場で実際に生かすことにあると認識しています。


生活協同組合研究1995年5月号


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