協同組合福祉フォーラム2006イン松山 【特別分科会】報告

政策研究「協同組合はなぜ福祉事業を行うのか」

協同総合研究所
 岡安 喜三郎

  政策研究として「協同組合はなぜ福祉事業を行うのか」の問いは興味ある課題ではあるが、大変微妙でもある。協同組合グループとして福祉事業に携わるのは当 たり前と言えば当たり前である(ICA協同組合の第7原則)。しかし、すべての単位協同組合が福祉事業を行うべきかと問われれば、簡単に「はい」とも言え ない。協同組合は実に多様であるからである。とくに「福祉」をある分野、例えば介護保険分野のみ、に事前に特定するならなおさら言えない。
 福祉事業には協同組合の優位性が発揮しやすいと誰でも判断しうるし、そうあれば最良だが、様々な協同組合の現状を見ると必ずしもそうなってはいないと思 われる。とりわけ大きな赤字を背負った事業となっている場合をどう見るかである。少なくとも持続可能な事業ではない。
 21 世紀初頭の地域コミュニティを見るキーワードは、少子高齢社会とグローバリズムである。他国に例を見ない速さで高齢社会に突入した日本は、さらに超高齢社会に向かって邁進している。既に65 歳以上の高齢者は2004 年10 月段階で2,488 万人、人口の19.5%となり(平成17 年版高齢社会白書)、これが2020 年に3,460 万人、28%に達し、ピークの2045 年には3,640 万人、35%になると推計されている。超高齢社会の着実な到来はあらゆる面において日本社会に大きな影響を及ぼす。
 地域コミュニティは近年、絆の希薄化が指摘され、老人の孤独死、老人・児童虐待、少年殺人、毎年3 万人を超える自殺者など、様々な問題が噴出している。グローバルリズムは競争の中で必然的に集中を伴い、その対極で産業空洞化、社会的排除など地域コミュ ニティの崩壊が進行してきた。福祉は様々に起きている諸問題に対処するために、当事者が主体となって何のための福祉かを事業に拘わる人たちの中で問いなが らその事業が推進されることになる。

(1) 「福祉事業」とは

  「福祉社会とは誰でもが自己実現するに自由であること(To be free to realize oneself)」(ヤングハズバンド女史)の言を借りれば、本来、福祉社会の実現をめざす福祉事業の領域は、事前に特定するという性格のモノではないと 思われる。一例を挙げれば、労働者協同組合、高齢者協同組合の地域福祉事業は300カ所80億円、以下の分野で展開している。これは「機会重視型」(講談 社「ドラッカーの遺言」p.110、2006.1)として取り組んできた蓄積と言える。
 第1 は、子育て、若者の自立支援の分野。具体的には、子育て広場、学童クラブ、児童館、保育園等の公共施設の運営、若者自立塾の運営等である。
 第2 は、介護予防、高齢者・障碍者の自立支援の分野。具体的には、介護保険事業、支援費事業、予防的ケア、生きがいデイサービス、宅老所、サロン等々の運営、配食、コミュニティケア共済(CC共済)の推進である。
 第3 は、市民参加の講座、人材育成の分野(地域づくりの担い手作り)。具体的には、ホームヘルパー養成講座、子育て保育のサポーター養成講座、障碍者職業訓練講座、市民の仕事おこし講座等を実施している。

(2) ILOの「協同組合振興勧告2002」や国連事務総長報告「社会開発における協同組合」シリーズ(最新版A/60/138、2005年7月21日配布)から

 ILO (国際労働機関)が三十数年ぶりに協同組合振興に関する勧告を改定して既に4年が経とうとしている。一方でこの十年間、国連総会はほぼ隔年ごとに事務総長 報告と総会決議を採択し、各加盟国政府に「協同組合に対する支援的環境整備」を喚起してきているが、昨年の国連総会においても事務総長からの報告がなされ た。
 この間のILO勧告や国連の協同組合に関する報告は、「自分たちの協同組合事業をどうするか」という内的動機が社会との拘わりをもたらすとは一切述べて いない。当たり前ではあるが、そのことに留意するべきである。これらの国際機関が期待しているのは、社会、地域に広く深く根ざした(埋め込まれた)協同組 合の力、潜力である。
 「協同組合の役割は、過去十年間、国連の組織内外において注目されてきている。1995年コペンハーゲンで開催された社会開発世界サミットは、特に人間中心の開発手法における協同組合の重要性について承認した」(報告「第2項」より)
 「コミュニティ福祉への関与("concern for community well-being")という協同組合原則は、住宅、健康、教育、給水、電気などの基礎的サービスを提供している多くの協同組合にとっては、自明の理で ある」(報告「第21項」より。報告草案の段階からICAの原文に"well-being"を付加している;筆者注)。
 「正直、寛大(単なる「公開」だけではない:筆者註)、社会的責任、人への思いやりという協同組合の価値は、原理的には、調和のある仕事と生活を可能に しながら、種々多様な組合員どうしの相互理解を促進する。更には、同質な社会であろうと異質な社会であろうと、組合員参加の手続きを手段として、協同組合 は民主的過程への深い認識を浸透させるのに役立つ」(報告「第38項」より)。

(3) 「地域づくり・まちづくり」という視点から

  社会開発は地域レベルでの取り組みとしては、地域づくり・まちづくりということになる。これらの言葉には、人間的な重い意味が含まれていると思われる。地 域・まちづくりは何よりも、ひとが尊厳を保ち人間らしく生活のできる場でなければならない、しかも「すべてのひと」がである。ヨーロッパでは、ここに焦点 を定め、「コミュニティの利益」というキーワードで地域づくり・まちづくりをすすめる協同組合をはじめとする様々な事業体が出現している。(社会的協同組 合、社会的企業)
 「コミュニティの利益」とは様々に解釈しうるが、結局は政治的・経済的・文化的な面での住民全員の幸せと安寧であり、アマルティア・セン (Amartya Sen)風に言えば、「個人の自由の価値、自由の平等性と普遍性。寛容の価値、寛容の平等性と普遍性」の貫いた包み込みの地域社会ということになろう。そ れは、コミュニティの普遍的利益の追求という営みである(一見自由ながら9.11以降とみに強まった異議申し立てに対する不寛容な社会の克服でもある)。
 これからの福祉事業は「地域づくり・まちづくり」の重要な核として「新しい公益観念」(地域住民にコントロールされ、地域住民の手による、地域のすべての住民ための事業)の構築とともに推進されるべきものである。

(4) 福祉の「事業」の特徴

  福祉事業はサービス提供事業の特徴として、常に目の前の利用者に対する仕事であること、その労働はサービスの生産と提供が同空間で同時に起き、技術の向上 を図ったとしても、利用者との双方向コミュニケーションを通じて成否が決まることが最大の特徴である。この点は一定の範囲で分割管理可能な、物の生産、流 通、提供の事業におけるシステム化や集中化、規模のメリット等による生産性の向上の場合とは大きな相違が見られる。端的に言えば個々の人的パワーに大きく 依存する事業形態である。(だから営利業者は単価やシステムの点で「施設」に走ることにもなる)。
 福祉事業の実態的特徴として、一事業所当たりの規模は決して大きなものではない。労協や高齢協の福祉事業所の就労者数は大きな事業所で50〜60 名、小さいところは数名という規模である(これはイタリアの社会的協同組合も同様。ISTAT「イタリアの社会的協同組合2001」より)。就労者がすべてフルタイムというわけでもなく、労協センター事業団の2004 年第2 回仕事と暮らしに関する組合員アンケート結果によれば、1 日4 時間以下のパートタイム就労者は地域福祉事業所の全就労者の45%を占めている(「協同の發見」159号、2005.10)。

(5) 事業の定着;「自治と連帯」に基づく運営、小さな全体

  協同組合の福祉事業の運営は、いわゆるチェーンストア的な運営ではなく、個々の事業所が個々に地域に根ざすことを旨として、世界の多くの協同組合が重視し ている「自治と連帯」の価値に基づく運営である。このことが、協同組合が地域コミュニティにおいて福祉事業を進める優位性を保つことになる。自治と連帯と は、それぞれの事業所に拘わる組合員(就労組合員含む)全員で協同して意思決定することを基本に、地域の人たちと協力し、赤字を出さず、地域に役立つ仕事 をすることであり、連帯活動のために剰余を出し蓄積し、それをその地域の福祉に還元するとともに、常に新しい仲間(事業を興そうとする人たち)を支援する 基盤をつくるということである。これらの規模や運営方法を見ると、個々の事業所は小さくとも全体性をもって活動を進めること、すなわち個々の事業所は「自 立と連帯」という価値に基づいた「小さな全体(Small whole)」となることに外ならない。

(6) 拘わる人誰でも主体にする協同組合の特質に沿う運営

  付け加えて言えば、協同組合の福祉事業とは、福祉サービスを提供する者、受ける者を分離固定するものでないことに留意すべきである。この点は別に協同組合 に限る話でもないが、協同組合の特質として、協同組合は拘わる人たちの誰もを主体にして新しい人間のつながり(協同)、事業を形成するという点がある。
 そしてこれは先のハズバンド女史の福祉社会「誰でもが自己実現するに自由であること」を保障する組織であることがわかる。引き蘢りぎみの高齢者に、話好 きの身障者が車椅子で話し相手のボランティアをする、要介護度3の人がサロンで生き生きと得意分野の講師をする等々、事例がたくさん生まれている。これが なければ協同組合の優勢は消えてゆく。
 一方、組合員とそれ以外の関係についても同様なことが言える。生協にあっては利用する組合員だけが主体者ではない,労協においても労働者だけが主体者で はない。協同組合には利害関係が異なるかも知れない様々な人たち(ステークホルダー)が拘わって、その事業が推進されている。どのような協同組合であって も、例えば組合員だけがその組織の主体者であるような運営を続けるならば、とりわけ協同組合の優位性が誇示されるものでもなくなるであろう。
 ここに今や「古典」となりつつある協同組合に関する文献がある。これは雇用関係にに言及したものである。「協同組合事業の最も深刻な弱点は、一般的にみ て、協同組合における雇用者と従業員という雇用関係にある」「弱点は、一般的な私企業と協同組合の雇用関係において何ら違いがないところにある」との指摘 は、今から25 年前、国際協同組合同盟(ICA)1980 年大会へのレイドロー報告である。

(7) まとめ

 協同組合は、その性格から福祉事業に相応しい事業体であり、その優位性を生かすことによって、地域福祉やまちづくりに大いに貢献できる。
 その意味において、協同組合は福祉事業を大いに行うべきと思う。しかし、ただ「やればいい」という問題でないことに留意すべきである。福祉事業は他の流 通事業に較べて、より理念駆動、人間中心の事業、地域自治を貫徹することなくては福祉が市場化され,利用者やコミュニティに不幸をもたらす。協同組合が タッチすることで、福祉の市場化を促進することであってはならないのだから。現状では少なくとも、既存のすべての単位協同組合が福祉を事業として立ち上げ るべきということは言えないし、言う必要もない。単位協同組合にとって福祉への拘わりは「事業」だけではない。
 もちろん既存事業者のネットワークということで福祉に取り組む生協や農協、労協等が繋がるのは当たり前としても、むしろ重要なのは、より理念駆動、人間 中心の事業、地域自治を貫徹する福祉事業を、協同組合的に立ち上げようとする人たちを協同組合陣営として支援するという陣型、地域おけるネットワーク、全 国ネットワークが必要なのではないか。

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