起業家精神における協同と訓練の広がり |
モンドラゴン・サイオラン・センターの紹介(抄訳) |
ICAレビュー 2000年3月号より
Co-operative and Training Dimensions in Entrepreneurship
A Study of the Methodology of the Saiolan
Center in Mondragon
by Gurli Jakobsen,
Associate Professor
at the Copenhagen Business School,
Denmark
サイオラン・センターはMCC(モンドラゴン協同組合コーポレーション)の内部組織で、起業家訓練と企業ベンチャー開発をめざしている。
サイオランでの実践は、それが協同組合にも関わらず、必ずしも協同組合所有企業の設立を導き出すとは限らない。このことは、事業における協同組合所有と協同組合文化との関係の微妙な問題が出される。すなわち、何が協同組合起業家精神の研究の際、適切な実験的体験なのか?
協同組合企業家精神はややもすれば協同組合所有企業の形成についてのものだと理解されている。このサイオランを見てみれば、協同組合の見地は、起業プロセスそれ自体に関連したもの、換言すれば、実際の企業の組織化以前とか、特別な所有形態ではない設立、に関連したものとなるであろう。
(ここでは)起業家精神はある種の能力と理解されている。すなわち、新しい方法による技術や資本、生産、市場と結合した、革新的事業プロセスを知り、現実化させる能力である。
この見地に立てば、シュンペーターの定式化に近いものである。もっとも、シュンペーターの言う単機能専門能力の個人に位置付く素質とか、資本主義経済の発展における機能とかを超え、ここでは、起業家精神とはマネジメントやリーダーシップに関連づけられる能力と理解される。
モンドラゴン協同組合の起業家精神
1970年代、モンドラゴン協同組合の経験はめざましい能力開発をもたらした。それは新しい協同組合を設立し、力のない協同組合が「本流に戻る」のを助けるためのものだった。
協同組合銀行(人民労働金庫)の中に特別の部署「経営者部門」が創られた。この時期の成長と発展の戦略は、バスク地方の様々な地域に協同組合企業を設立することであった。そして、約50の協同組合会社が設立され、新しい協同組合ベンチャー企業づくり方法論としての系統的アプローチが開発された。これは「起業家精神の社会化」と呼ばれた。
1980年代半ばまでにはこの戦略は停止し、ジョイント・ベンチャー(共同事業体)や完全子会社を通じた成長戦略に置き換えられた。先の「経営者部門」も、銀行内の特別部署としては1990年に終了し、事業おこしや技術相談に関連する活動は、新しい協同組合「LSK'S
Coop」に引き継がれた。
同時期にサイオランの創設者たちは、モンドラゴンのポリテクニック学校で、それらの方法論の開発を始めた。これは今では、MCCのある地区におけるビジネス・アイディアをエネルギーの開発のための戦略となった。
これらの社会的経済的背景は、1980年代初頭のスペイン経済危機である。バスク地方では失業率20%を上回った。
サイオランは2つの目的を同時に追求した。1) 新企業創設による仕事の創出、2) ビジネス・アイディアを事業活動に転換するのに必要な技能開発を通じた若い新卒者(および他の起業者)支援、の2つである。サイオランの実践的意味は「仕事で実験する」ことである。
サイオランの目的は今日では明白に起業文化の発展に貢献することである。サイオランの最初にも、若者にはびこっている賃金労働者性向に代わりうる方法を生み出す思いが表明されている。1985年以降、48の会社が設立され、これらが1999年時点で500人程を包み込んでいる。
[表1]1985年がら1999年までに開始した企業数と1999年の雇用数
起業家 | 生み出した企業数 | '99年の就業者数 |
卒業生 | 23 | 128 |
起業経験者 | 5 | 61 |
他の企業との協力で | 10 | 217 |
既存企業の多様化 | 10 | 102 |
合計 | 48 | 508 |
ここ数年サイオランのかなりの数の事業プロジェクトが、協同組合企業からの「副産物」となってMCC内部に存在する。しかしこの多くは企業とのジョイント・ベンチャー(共同事業体)で、これらがMCCに直接加入しているわけではない。
23の会社は先の大卒者によって運営されている(表1参照)。全部で185人がサイオランで働き、その内88人が新事業ベンチャーを創立したか、その共同創設者となっている。
新事業は「典型的に」小さな企業として始まり、結局成長する。ジョイント・ベンチャー(共同事業体)の場合、事業プロジェクトの展開を通じて訓練された起業家(ないしチーム)は通常、新しいベンチャーのマネージャーになる。
教育および起業プロセス
サイオランはモンドラゴン大学(旧ポリテクニック学校)の建物内に位置し、8人のモニターないし教員スタッフと、常時25-30人前後の学生(殆どが大卒者で、少々の起業経験者)が事業プロジェクトで仕事をしている。学生は全バスク地方から募集される。
教育プログラムは現在、一般的には12-18ヶ月続く。技術的には完全な学部レベル終了後の大学院プログラムである。このプログラムを通じて学生は的確なビジネス・アイディアとはどういうものなのかを学ぶ。すなわち、ある事業一つを選び、それを現実の事業プロジェクトに発展させるのである。このタイプの活動にとっては、より伝統的な教育概念は無用である。
企業家精神は実践的に学ぶものであり、それは自己学習能力にかかっている。サイオランのアプローチは、最初の現実のステップを踏むための可能な枠組みの一つとして、学習環境が明らかになるのであって、ほとんどの起業家精神学習にあるような市場ではない。。
以下に述べるサイオランの教育プログラムの特徴は、他の起業訓練プログラムに比べてみれば、協同の見地に凝縮される。
【新しいビジネス・アイディアは共通の関心】
多くの起業コースに対して、サイオランの学生は、ほとんど特別のビジネス・アイディアを持っていない。
ビジネス・アイディアは、ある種社会的プロセスの中で発展するものと考えられる。的確なビジネス・アイディアを見いだすのは、分かち合う責任である。
サイオランの人間は地域の事業に接し、他の機関から来た人はこのプロセスに貢献すると言って差し支えない。
成功したビジネス・アイディアは48あるが、半分はサイオランで生み出されたもので、半分は学生や既存の企業によって生み出された。
サイオランの方法が比較的知られるようになったので、より多くの構想が外部から来るようになった。
【チームで仕事する】
サイオランは新しい企業、事業単位の起業家的マネージャーないしオーナーの開発をしている。彼らは、いくつかの文脈の中で、内部に向けた協同に触れてきた。
教育課題の部分は、グループの仕事として始まる。通常、2〜3人が一つのビジネス・アイディアの開発に加わる。さらには、同時にプログラムを開始した16人の学生は同じ大部屋の中で机を持って仕事をこなす。この感覚で、より共通の仕事場(workplace)にアプローチする。彼らは個々のオフィスには居ない。例えば、サイエンス・パークの様になる。
【公開制】
事業プロジェクトに関連する知識や情報の交流は、熟した協力関係を発展させる一部として強化される。
誰かが自分のアイディアを盗むのではないか恐れや危険性をはじめとする不信の構造は、公開や社会的状況で処理され、ロックされたドアの向こうに隠すようなことはしない。
このポイントはサイオランが教育の文脈の中に位置し、私的なコンサルタント環境ではないことからできることなのであろう。
さらには、サイオランは高度なオープン性、情報交流と革新的アイディアの伝統を持ち、情報アクセスが相対的に容易な協同組合事業環境の核心に位置している。多くの技術プロジェクトが工業協同組合からの要請で数年を通じ発展してきた工芸学校の中に位置している。
【外部に向けての協同の奨励】
教育プログラムの全くの初期に、学生達は選んだビジネス・アイディア分野の中の企業と接触し、連携しなければならない。
彼らは、サイオランにいる間、(特別の)事業セクターの中での競争と協力の具体的処理方法を学ぶ。
彼らは、プロジェクトのための知識や情報の中心部分が使えるように学ぶ。かくして、事業プロジェクトの理論的展開と平行して、構想のための知識、接触、協力などの有効なネットワークを徐々に作り上げる。
【モニタリングとチュータリング】
モニタリングとチュータリングは、選択したビジネス・アイディアの成功に向けた共同コミットメントの中で成し遂げられる。
この機能は、古典的な大学の教育とも一般のビジネス顧問とも異なるものである。
【育成するのはジェネラリスト(万能家)】
サイオランはジェネラリスト(万能家)を育成するのであって、専門家育成ではない。全体として、教育プログラムは全体論的アプローチを持っていると言える。来るべき新しいベンチャーリーダーには、計画した事業を理解し運営する、技術的、経済的、組織的洞察力が期待されている。そして彼らは、これらのレベルに関する開発戦略も身につけている。
【「試験」は実際の事業を進める過程に存在する】
このプログラムの終了を示す正式の試験は存在しない。プログラムの目標は起業能力のある企業リーダーを創り上げるのであって、専門的なプロジェクトメーカーとか、成長を心配する企業オーナーとかを創るものではない。
教育プロセスの諸段階
サイオランのミッション・ステートメント(使命宣言)では、具体的な起業とプロジェクト・アイデアに、新しい事業としての実現までを通じてずーっと個人的な注意を払うことを強調している。いかにも確かな課題、プロセス、段階がみんなに共通のものとして見なされる場合でもそうである。
そのプロセスは大まかに3段階に分かれる。もちろん、その期間はプロジェクトによっていろいろに変わる。起業家をめざす学生が数ヶ月間、具体的な技術、製品のタイプ、もしくは経済分野を研究した後、特定のビジネス・アイディアが、学生やサイオラン指導教員、そして結局は地方の事業家たちとともに選択される。
そして、学生とプロジェクトがサイオランの指導教員に割り振られ、次の1年半を通じて製品のプロトタイプ(製品原型)、実行可能性の調査、事業計画が念入りに作られる。
この段階を通じて学生は、該当する事業に必要な技術的能力を修得するために特別のコースを受講してもかまわない。この段階は1年に及ぶ最後かも知れない。最終的に事業を開始する前に、プロトタイプ製品は市場で試される。
サイオランから生み出された企業タイプは表2の通りである。範囲は情報技術(IT)から金属細工とハイテク製品、様々な事業サービス、技工製品、また教育・相談サービス、社会的企業分野の会社まで存在する。
ここ数年発達した、興味ある新しい企業プロジェクトのタイプは、商業的市中企業と製品の同一ブランドの範囲内での田舎の職人生産企業とを結びつけた、コミュニティ開発プロジェクトである。他の新しい領域は環境関連である。いくつかの「開始企業」は協同組合として設立されるが、ほとんどは私的所有ないし株式所有である。
[表2]1996年までにサイオランで生み出された企業数
開始分野 \ 開始時期 | 1986 - 1990 | 1991 - 1995 | 1996 | 合計 |
情報技術(IT) | 1 | 3 | 1 | 5 |
ハイテク製品 | 7 | 1 | 1 | 9 |
サービス、相談、教育、職工 | 2 | 16 | 3 | 21 |
10 | 20 | 5 | 35 |
(訳:おかやす きさぶろう)
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